04


騒がしい足音が聞こえたことでようやく書類から顔をあげれば、時計の針は正午を迎えたことを示していた。それでか、と納得しながら再び書類に筆を走らせたが、どうも激しい足音が徐々に大きくなっている気がする。私が怪訝に思って筆を置くと同時に、一際大きな音で扉が開かれた。

「朽木隊長!よし俺間に合いましたね!」

「……な、」

肩を上下させながら荒い呼吸をしている少年に思わず目を見開いた。あの告白してきた少年だ、と一瞬で記憶が蘇る。それほどに彼は強烈な印象を与えて現れたわけだが、昨日の夕刻に私を尋ねてきた際には何も言っていなかったのにまさか今返事を聞きに来たのだろうか。思わず身構えたが、彼は昨日と同じく柔和な笑みを浮かべて私の前に紙袋を差し出した。

「これ、食べてください!」

「…何だそれは」

「俺の愛妻弁当です!」

「……妻になった覚えはない」

ひどく頭痛を覚えて額に手を添えれば、彼は勝手に私の書類を片付けて着々と昼餉の準備をし始めている。まさか付き合っていると思われているのではないか、という疑念が過ぎった。

「はい朽木隊長、こちらへ!」

勘違いは困る、と私が口を開きかけた時、力強く手を引かれた。導かれた応接用の机にはすでにその弁当が置かれており、彼は私の代わりにに包みを開けて割り箸を差し出している。その満面の笑みに思わず唖然としてしまう。

「…いらぬ」

「早朝から作ったんです!すんごい朝!勿論和食てんこもりです!」

「確か名字と言ったか…気持ちは有難いが私は兄と馴れ合うつもりは無い」

誤解されては厄介だと判断し、やや語気を鋭く言い放っておいた。大体の者は性別問わず、私のこの口調で察して身を引く。今回も早い内に期待をさせぬように釘を刺したつもりだ。しかし、どういう訳か目の前の男は嬉しげに頬を緩ませている。

「…聞いていたのか」

「はい勿論!初めて呼んで頂けました!」

「……」

全く響いた様子のない名字に呆れて息を吐けば、私の手に無理に割り箸を掴ませている。しかしここで下手に優しくすれば勘違いを生むだろうということは目に見えている事だ。私は罪悪感を感じながらもその手を振り払って立ち上がった。

「いらぬと言っているだろう」

「俺の!起床4時の!3時間超えの!愛の!超大作ですよ隊長!?」

「…し、知らぬ、頼んだ覚えはない」

「あーっ!とか言って一瞬心動かされたでしょう!?何…4時だと…って思いましたね!?」

これは埒があかない。そう判断した私は、何も気にした様子なく席へ戻そうとする名字の腕を掴んで執務室の外へと放り出した。

「あー!隊長ひどい!朽木隊長ー!」

扉を閉めでも尚、向こう側からまだ何かを言っている彼のその恐ろしい執念と体力に呆れながら鍵を閉めた。置き去りにされた弁当が執務室の景色にひどく浮いている。

「朽木隊長ー!ちゃんと休んで下さいね!俺、弁当の感想待ってますからねー!」

「………」

「また来まーす!」

「…はぁ…」

ようやく遠ざかった声に息を吐いて、彼に片付けられた書類を再び広げた。気を抜けば、奴の調子に巻き込まれてしまいそうなほど大胆で物怖じない隊士である。一応鍵をかけたままにしていたが、恐らく騒音を聞きつけたのだろう。扉を叩く音と恋次の声が響いた。

「隊長隊長!?大丈夫でした!?」

「…あ、ああ。済まないが、あれを頼む」

鍵を開けるや否や飛び込むように入ってきた恋次に私は応接用の机に置かれた弁当を指差した。恋次は露骨に顔をしかめて弁当を眺めていたが恐る恐ると言うように持ち上げている。

「ま、まさか…手作り、ですか」

「4時に起床したと言っていたが…」

「あいつやっぱ只者じゃねぇな…」

そう言って蓋を開けた恋次が言葉を失って立ち尽くしていた。何事かと視線で問いかければ、恋次は青ざめた顔でその弁当をこちらに向ける。全てを悟るには、そう時間はかからなかった。

「…カビ?ヘドロ?っすかね…?」

「………」

緑色のもやのようなものが白米の上でぎこちない曲線で描かれていた。その謎の緑の物体に改めて確信させられずにはいられなかった。関わらない方が身のためだ、という事を。


04:弁当テロ



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