03


「ちょっと何かしらこれ?ねぇ?」

「いったああ痛い痛いごめんなさい」

思い切り引っ張られて頭皮すら浮いている髪の毛にのたうち回りながら加害者に頭を下げれば、ようやくその苦痛から解放された。なんて乱暴な女だ、と言いたいところだがここは飲み込んでおかないとまたされかねない。私は髪の毛を撫でつけながら目尻の涙を拭った。

「絶対何本か抜けた…」

「ん?何か言ったかな?」

「いいえすみません」

私の前で腕を組んで仁王立ちしているのは流魂街の古くからの友人、雛森桃である。彼女は普段清楚で可憐なのだが何故か私には容赦がない人間だ。この腹黒さも含めて好きではあるが、もうちょっと私にも優しくなって欲しいのが本音である。勿論言えない。

「で?その髪は?何?」

「いや、あの、イメチェン…かな」

「私との約束はどうしたのかしらね?」

彼女の凍りつくような笑顔に再び冷や汗を流しながら私は再び頭を下げた。ここは素直が一番だろう。納得できないけど謝ることなんて世の中に溢れかえってるからね、私だって何でこの女の無駄に乙女な”藍染隊長そっくりの素敵な隊長が来るまで髪を伸ばそう願掛け大作戦”に勝手に付き合わされた挙句怒られてるのか納得がいかないけど仕方ない。とりあえず六回ほど謝罪しつつ事の経緯を話しておいた。


「…名前って相変わらずの馬鹿ね」

「乱菊にもそれ言われちゃったー」

半ば呆れ顔で私を見る彼女は大きく溜息をついてからソファの背もたれにもたれかかった。ここは五番隊の隊長執務室だが今では彼女がここで仕事をしている。さっきからあれだけ騒いでも咎める人がいないのも勿論隊長がいないからだ。

彼女と交流がある以上数回藍染隊長と会ったことはあるが、何回恨んだかわからない。今では彼女も思い出として受け入れようとしているし何にせよ元気になってくれてよかったとその毒舌ぶりに安堵しながら私は笑った。


「それで返事は?聞いたの?」

「それがさ阿散井副隊長がライバル宣言してきたりでうやむやになっちゃってさー」

再び彼女が呆れ顔で額を抑えていることに私は首を傾げながらも、彼女なりにライバル登場に落胆してくれているのだろうかと考えた。彼女は根は優しいからきっと心配をかけているだろうと申し訳なく思う。


「まぁ落ちこまないでこれ見て!」

「呆れてんのよ、今度は何?」

私は紙袋から取り出した箱を取り出して目の前に大げさな手振りでおいて見せた。きょとんとしている彼女のかわりに包みを解いて蓋を開ければ何度見ても素晴らしい完成度のそれが顔を出す。

「じゃーん!男装名特製愛友弁当!」

「…うっわぁ……」

「4時起きしたの!桃ちゃんのぶんね!」

何故か露骨にしかめられた顔は気にせずに割り箸を差し出しておいた。実は朽木隊長の彼氏になる為に私は弁当作りを決行していた。ここは家庭的な男を演出すべく和食中心で腕によりを振るったつもりだ。彼女の弁当は可愛らしくチャッピーのキャラ弁にしてある。どうだ、この実力。

「えっと…これ何?桃色のステテコ?」

「ステテコ!?違うよチャッピー!」

「ええ…気持ち悪ぅ…」

どこからどうみてもウサギだろうと私は少し唇を尖らせながらソファから立ち上がった。もうすぐ昼休みが始まる、朽木隊長にも届けなければならないのだ。私は朽木隊長への弁当が入った紙袋を持ち上げて彼女に手を振った。

「桃ちゃん、感想聞かしてねー!」

「…男装してそれはこのキャラ弁並みに気持ち悪いよ。男らしくして男装名くん」

「あっそうか確かに!じゃあな可愛い桃、感想待ってるぜ!」

わざと冬獅郎風に言いながら下手なウインクを飛ばせば後ろから文鎮が飛んできた。逃げ去るように執務室を出たが危ないじゃないか、なんて恐ろしい女なんだ。次から藍染隊長風にしようかな。後ろから何かを吐き出しているような声が聞こえたけど桃ちゃんったらおいしくて急いで食べ過ぎたのかな、可愛い。

鳴り響いた昼休憩の鐘に私は慌てて五番隊を飛び出して隣の建物へと走った。私の朽木隊長攻略への道は今始まったばかり。


03:男は胃袋を掴むべし



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