キューピッドは泣かない 1


運命、という言葉を、人はよく使う。運命って何なんだろうと思って辞書を引けば、”人間の意志を超越して人に幸、不幸を与える力”と、書いてあった。でもなんだかしっくりこない言葉である。


「あーもう、私って馬鹿だ…」

そうだ、それだけじゃない。私が思うに、人は不本意な必然をしばしば運命と呼ぶ。受け入れたくないものを運命とすることで、自分に折り合いをつけたりするのだ。私も実は今この状況を運命と考えている。そうでもしなければ納得がいかないまま足掻いてしまいそうだから。諦める場面において、運命とは便利な言葉である。


「今日こそ言う!言いに行こう!」

あの日から3日も経つというのに、まだ踏み切れずにいる自分に飽きれながら、重い身体を沈ませていたソファから元気よく体を起こした。これ以上自分を嫌いになりたくない、さっさと済ませてしまおう。そして嫌なことを後回しにする癖も治してしまおう。

この最悪な気分で自らを高めようとするなんて私も割とかっこいいところがあるじゃん、と無理やり自分を慰めながら、執務室へ続く長い廊下を踏みしめるように歩いた。



「お願いします!私の恋を手伝ってはいただけないでしょうか…?」


あの日、忘れもしない3日前に昼休憩で訪れた甘味処。乱菊と共に抹茶の苦味に盛大に顔をしかめていた時、1人の女の子が私の足元で頭を下げていた。動揺して私が椅子から落ちかけるという醜態を晒しても、必死に立たせようとしても、彼女は頑なに頭を上げず、私にそう言い放った。

理由を聞こうにも、お願いしますの一点張りだった彼女に、私は渋々了承して彼女を椅子に座らせたが、ここからが私の絶望だった。いや、もうこの少女の登場からすでに絶望だったかもしれないのだけど。


「…私、朽木隊長が好きなんです」

「へぇ〜…っえ!?白哉!?」

顔を赤らめて俯く彼女は、とても可愛くて儚い雰囲気がある。ちょっと緋真さんのような守ってあげたくなる女子だ。勿論私が男なら騙されても貢ぎたいと思うレベルの美少女である。事実私は清楚な女子に滅法弱い、ルキアとかは特に堪らないからね。えっと、随分と逸れたが話を戻そう。彼女は小さく頷き目に溜まった涙を拭っていた。


「朽木隊長と仲がいい人なんて、わからなくて。六番隊で、時折一緒にいるのをお見かけするのがなまえさんで…」

なんで私ってこんなついてないんだ。そう思っても、もう遅い。この運の悪さは流魂街での出生時から付きまとうものだ。そろそろ厄払いして運を得たいところである。

「ずっと片想いしてて…4日後の日に思い切って想いを伝えたくて…。えっと私、朽木隊長のあの不器用な優しさとか…」

彼女は白哉に対する想いをその可愛い唇を一生懸命に動かして熱弁していた。彼女によって語られる想いの一部は、私の胸を抉りとって紡がれていくようで。わかるー!私もそこが好き!等と言ってしまえたらどんなに楽だったか。勿論残念ながらそんな度胸と素直さ、私は持ち合わせていない。不器用さと劣等感なら皮肉なことに人の三倍は所持しているが。


「わかった!バレンタインか!?」

回りくどい彼女のお願いを、閃いたと言わんばかりのドヤ顔で指差せば彼女は頬を染めて頷いていたが、隣の乱菊は呆れた顔で空を仰いでいた。当ててどうするんだ、私は。いよいよただの馬鹿であるが、もうこの性格は変えられない。

まあ、ごく普通に考えて長年ただの部下で無駄に意地っ張りで非常に可愛げない私よりも、この素直でどことなく気品のある彼女の方が白哉の隣がしっくりきてしまったのだ。何とも悲しい現実である。


「よろしくお願い致します…!」

そう頭を下げた彼女の為に、私は彼女が白哉と過ごしたいという4日後の2月14日、つまりバレンタインデーの約束を取り次ぐ役目になった訳である。わあ人生初の大役だ、恋のキューピッドなんて。


「もうなまえには呆れた。あんた上手く使われてんのよ?邪魔な虫を潰しつつ利用するあの子もすごいけど、あんたの馬鹿さもすごいわよ」

私の気持ちを知っている乱菊にはこの後もすごい勢いで批判されたが、私は何も言わなかった。どうせ叶わない恋だからいい、諦めるにはちょうどよかったんだと思い込むように何度も胸で復唱する。

私は馬鹿だけど、こう見えても白哉の胸に亡き今もいる緋真さんを自分では越えられないことや、踏み込んだら痛手を負う境界線というのはわかっているつもりである。だからこそ私はただの部下として接してきた。まあ、実際はただ臆病なだけかもしれないんだけど。


「ああ面倒くさ!いいもんねもう!」

これまでもずっと我慢してきたんだ。今更どうってことはないし、私はもう白哉が幸せなら何でもよかった。その幸せが別の人がもたらすものでも何でも。そうと決まれば、私もそろそろ違う人を視野に入れなければならないわけだ。うーん素敵な人いないかなあ。


「白哉、お疲れ様。入ったよー」

馴染みあるこの執務室に踏み込めば、さらさらと流れるような白哉の筆の音が響く、いつもと変わらない静かで落ち着く空気が漂っていた。私はこの空気がたまらなく好きで、ついこの間までは誰よりも書類をたくさん終わらしてはここに行く口実を作ったものだがもうそんな私情も忘れなければ。勿論私のためにだ。


「…事後報告ではなく、扉を叩く事くらいはしたらどうだ」

書類から上げられた白哉の呆れ顔に、無理に強がっていた胸が締め付けられた。ああ、こんな性格を許してくれて書類を頑張ればさりげなく褒めてくれて、任務に行くたびに心配してくれた私が好きな朽木白哉という人物は一人しかいないのだ、代わりなんて見つかる訳がないじゃないか。その事実が私の胸をじわじわと抉った。


「…うん、もうしない」

「……何かあったのか?」

私の大好きな、この声も目も指も、私ではないあの子に向けられるようになる。私では届かなかった彼に、彼女なら届いてしまうだろう。そう思った途端あの美貌と素直さが心底羨ましいと思った。私はそんな気持ちを振り払うように首を振る。明日で全ては終わるのだから。


「明日、時間あったりする?」


人と人が同時に幸せになれることなどないことはわかっていた。誰かの犠牲のもとでしか、誰かの幸せは成り立たないのだから。

白哉の顔を見つめながら、思わずにはいられなかった。嗚呼この距離でも、部下でも、友人でもいいから、側にいたかったのに。




キューピッドは泣かない 1




バレンタインの前夜祭という事で
2日間の続編にしたんです、が、
暗い!暗いですね長いですね…
明日に巻き返します(たぶん)


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