嘘つきと泥棒



女の子は色んな努力をする。

化粧を頑張ってみたり、爪をきれいに塗ってみたり、髪型を変えてみたりだとか。勿論その努力は外見だけにとどまらない。時には泣いたり笑ったり、礼儀正しくしたり。自分の欠点を隠す為にたくさんの努力が必要なのだ。

それはみんな違って、きっと女の子の数だけある。勿論、そんな面倒なことをするには理由がある。至って単純、好きな人に少しでも気に入られたいから。ただこれだけである。


「…待っても、無駄かなぁ」

私は今日も、薄く紅をさした唇と同じような色できれいに塗られた爪に、巻いた髪の毛先を絡ませて歩いていた。外見はばっちり整えたつもりだ、それでも何だか気になってそわそわとしてしまう。別に暇しているわけではないが、仕事ついでにわざと時間を潰していた。もしかしたら、という淡い期待を胸に完璧を装って待っているのだ。


「おはようさん。今日もかわいいね、なまえちゃん」

いつの間にか前方から歩いてきていた派手な花柄の羽織、この人は京楽隊長である。彼もまた職務をサボって散歩しているといったところだろう。

彼の台詞は聞き飽きたのが本音ではあるが、ここは笑顔で会釈しておく。息を吐くのと同じくらい女の子を褒めて口説いてるんだから、誰よりも何よりもあてにならない言葉だ。しかし実のところ、私も人のことを言えないから邪険にはできない。


「おはようございます。お褒めに与かり光栄です、京楽隊長も素敵ですよ」

「いやぁ、照れちゃうねぇ。なまえちゃんと付き合える男の子は幸せ者だ」

「ふふ、じゃあ京楽隊長みたいな方探します」


こんな嘘を平気で転がしている私も、昔は褒められればすぐに顔も赤くなってしまうほど正直すぎる女だった。それがいつからか、そんな不利な性格を隠すためにすっかり嘘つきになっている。京楽隊長を褒めたことが全部嘘というわけではない、とここで一応弁解しておこう。

つまり私の努力は外見だけじゃなく、正直すぎる自分の欠点によって不利になることをうまく助けてくれるこの嘘である。


「…随分と口が上手いのだな」

「ぅわっ!?」

急に後ろに引き寄せられたかと思えば驚くほど近くに彼はいた。至近距離にあるその顔に否が応でも心臓が跳ね上がる。最悪だ、いや、最悪というわけではないのだが、なんでこの人はこうも急に現れるんだ。私にだって心の準備というものがある。


「…おはようございます、朽木隊長」

「何をしている。書類を届けるだけでこんなにも時間がかかるのか」

「それでわざわざここに?暇なんですね。私は朽木隊長の元に帰りたくないんで遠回りしてたんです」


あぁなんてかわいくないんだ、私。向こうで京楽隊長はにやにやしながら見てるし、朽木隊長は眉間に皺を寄せているし。これが一応は、私が期待して待ち構えていた一瞬だというのに。どうしてこうなってしまうんだろうか。私は思い通りにいかない嘘を恨みながら、唇を小さく噛んだ。


「なまえちゃんは優しい嘘つきだけどたまーにそれが出来ない相手には真逆のことを言っちゃうんだよねぇ」

「へっ!?変なこと言うのやめてください京楽隊長!私は正直ですから!」

「…なまえ、終わったのなら帰るぞ」


朽木隊長に強引に手を引かれた私は、片耳にかけていた髪を下ろして、慌てて赤くなった耳を隠した。さりげなく掴まれたのが腕ではなく手なのだから仕方がない。朽木隊長の大きな手のひらに、悔しいほどドキドキしてしまっていた。ああ、こうも私のペースを乱されて上手く嘘をつけなくなるのは、すべて彼だからだ。


「朽木隊長なんて、大っ嫌い」

「そのような事を言うのはどの口だ」


抗議するより早くつねられた頬に私が苦しみの声を上げていると、後ろから京楽隊長の笑い声が聞こえてきた。

京楽隊長め、余計なことを言ってくれるじゃないか。助け船を出したつもりか何かは知らないが、嘘がばれたらどうしてくれるんだ。今度会ったら覚えておけ、七緒ちゃんの前で恥かかしてやる。


「素直じゃないねぇ〜お二人さんは」

「あ!見つけましたよ京楽隊長!仕事に…って、何笑ってるんですか」

「いやぁ、可愛くてついつい。いつになったらくっつくんだろうね」


私はつねられた痛みの熱さだけではない頬を、空いた片方の手の甲で冷やしながら小さく頬を緩ませた。何とも代わり映えのない片想いと嘘つきの日々である。そんな私の繋がれた手だけが嘘をつけずに強く握り返していた。




嘘つきと泥棒



***

拍手御礼用予定で作ったものですが
その肝心のやり方がわからずに
名前入りに変えました…
ほのぼの両片思いです




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