hide-and-seek.


「いーち、にーい、さーん」

「えっ、やちる早いよ!ゆっくり数えてー!」


馴染みある2つの声と騒がしい足音が隊舎内に響き、私は思わず頬を緩ませた。時計を見上げれば、時刻は正午を軽く過ぎている。恐らく昼休憩のまま戻らずに遊び呆けているといったところだろう。こうして今日もまた性懲りも無く、彼女はやってきたのだ。


「50は数えてねー!」

「えー?なーな、はーち、きゅーう」


それは私にとってこの上なく嬉しいことではあるが、勿論こんな表情は見せてはならない。六番隊隊長という建前がある以上、恋人だとは言えどあくまで仕事を放棄している者を叱る上司として振る舞わなければ他の隊士に示しがつかないというものだ。何よりも、仕事に私情を挟むなということは私が再三注意してきたことである。

しかし、すっかり彼女という毒に侵されてしまった私は、徐々に近づく彼女の霊圧を内心心待ちにしてしまっていた。こればかりは頭ではどうしようもないことだ、私の意思に反して胸は高鳴ってしまうのだから。所謂惚れた弱みと言うものである。


「白哉白哉っ!隠してー!」

少しずつ霊圧を消しながら執務室に乗り込んできた彼女はこう見えても十番隊に席官として勤めている。こんな遊戯如きで見事に霊圧を消しているが、その有能さが果たして職務に生かされているのか若干疑問ではある。まあ、こうして油を売ろうとも長年席官を勤めているところを見れば、恐らくその能力は認められているのだろう。

油を売るというのも、彼女は松本副隊長と共に職務放棄して逃げ出しては、こうして草鹿副隊長と頻繁に遊んでいるのだ。大方、こんな性格と隊舎の近さが親交の理由だろう。

しかし、十番隊からわざわざ離れた六番隊まで来ている理由を分からぬ私ではない。彼女が事あるごとにこうして来ることが決して偶然でないことを分かっていないのは、恐らく今身を潜めている相手、草鹿副隊長ぐらいであろう。


「仕事はどうした」

「だって乱菊さんもいないもーん」

「…なまえ」


恐らく皺寄せが来ているであろう日番谷隊長の不幸な身の上に若干胸を痛ませながら、私は書類から顔を上げずにわざと溜息をついた。

私のその態度と咎めるような言葉にすっかり元気をなくして俯いているなまえは、どうも私の加虐心を煽るのが上手い。


「…はい、ごめんなさい」

「……来い、なまえ」

手招きしてやれば、私の顔色を伺うように視線をよこしながらとぼとぼと覇気のない歩みで近寄ってくる。そのあまりにも弱々しい姿に、今すぐに抱き寄せたい衝動を何とか抑えて机に引き込んだ。

「わっ!?え、白哉?」

「…静かに。隠れたいのだろう?」

こうして少し甘やかしてやれば、彼女は面白いほど単純に元気を取り戻して目を輝かせるのだから、まるで忠犬である。私の機嫌と言動ひとつで表情を変える素直な彼女が、こうも堪らなく愛しいと感じる私も相当な末期なのだが。

「…白哉、大好きっ」

私の足元で控えめに死覇装を引っ張ってきたかと思えば、潜めた声で毒のように甘い科白を吐いてくる。狙っているのか、それとも無自覚か。どちらにせよ、こんなにも私を狂わすのは彼女だけである。私は次第に近づいてくる霊圧を感じ、椅子から体を屈ませた。


「びゃっくーん!誰か見なかった?」

「………」

「…あれれ?びゃっくんいないんだ」

執務室の入口で小さく木霊する残念そうな声。徐々に遠ざかっていくその小さな足音を聞きながら、彼女の熱い耳に這わせていた指を首筋へと移した。彼女が声を上げられないよう唇で唇を塞いで、持て余した片手は彼女の震える指に絡ませる。指先で触れた箇所から孕んでいく彼女の熱は、まるで麻薬のように私の頭を酔わせていった。

「っ、は…待っ…」

「…なまえ、静かに」

苦しげに漏れる彼女の吐息すらも食べ尽くすような口付けの卑猥な音と荒い息が鼓膜を刺激する。彼女の死覇装の隙間に手を滑り込ませて、口元に人差し指をあてた。

ほんの悪戯心のはずだったと言うのに歯止めがきかなくなっているとは滑稽な話であるが、ここは彼女のせいにしてしておこう。そんな狡い事を思いながら、力の抜けた彼女が抵抗出来ないのをいい事にさらに深く口付けた。


公私混同を咎めた私はどこへ行ったのだろうか。この後彼女にどう弁解しようか、というあまりにも幸せな問題に頭を悩ませながら私は彼女を隠すように覆いかぶさった。




hide-and-seek.




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