雪花纏う君と



空の灰色を際立たせるかのような白い地面。そこに雲の隙間から差す朝日が跳ね返り、思わず目を細めてしまうほど眩しい白銀の世界が一面に広がっていた。

私が目覚めるよりも早く布団から抜け出した彼女に気づき、水を一口含み無理に身体を起こして後を追ってきた。私は朝が苦手だ。それが冬ともなれば最も苦手なのだが、こんな風情ある景色と彼女を見られるのならば冬の朝も悪くない。そう思いながら、大きく白い息を吐いた。


「わ〜!積もってるー!」


縁側に立った私に気づかないまま、庭を軽い足取りで歩く彼女のその明るい歓声に私は思わず微笑んだ。私が好きな彼女の漆黒の髪を、依然と降り注ぐ花びらのような牡丹雪が引き立たせている。何とも美しい光景だ。その雪は庭に広がる花や木々だけでなく、彼女すらも全て隠してしまいそうなほどの勢いである。この調子だとしばらくは止まないだろう。


「あっ、白哉様!起きたんですね!」

私に気づいた彼女が雪に足をとられながら急いで駆け寄ってくるのを見て、私は慌てて縁側を降りてその身体を支えた。

「おはようございます、白哉様!」

「…お早う、なまえ」

薄い寝衣のまま外に出ていたせいでなまえの肩はすっかり冷え込んでいる。風邪をひいてしまわないだろうか、と心配した私が自身の羽織を脱ぐよりも早く、彼女が急かすように手をひいた。

「白哉様白哉様!一緒にお散歩行きましょう!」

返事も待たずに歩き出したなまえの背中に口元が緩んだ。何を言おうとこれが初めて彼女と過ごす雪の日である。私も多少なりと浮かれているのかもしれない。私は高揚した気分を隠しながら、その華奢な肩に己の肩を並べて雪を踏みしめた。


流魂街の調査任務にあたった際、虚に襲われかけていた彼女を救った事が、全ての始まりだった。特に際立って美しいわけではない彼女だったが、礼を言った時に見せた花のような笑顔は不思議と頭から離れず、自然と足は流魂街に向かうようになっていた。

様子を見に行っては、なまえに色々なことを教える日々が続き、純粋な彼女は私が訪れる度に喜んで後ろを着いて来た。そして帰り際にはいつも泣きそうな顔で笑う。そんななまえの健気さに惹かれていくのに、そう時間はかからなかった。


「ふふ、嬉しい」

「雪か?」

「うん!だって白哉様が私を側に置いて下さってから初めての雪だもん!」

「そうだな…」

私の手を握りながら、本当に嬉しそうに笑う彼女は、どうやら私と同じことを考えていたらしい。更に頬が緩み、なまえの華奢な手を一層強く握りしめた。彼女をそばに繋ぎとめるよう、そして雪にさらわれてしまわぬように、と思わず指を絡める。


「あっ、雪が…」

不意に立ち止まったかと思えば、なまえは椿の花に手を伸ばしていた。そこに重くのしかかる雪を手で優しく払いのけるその姿に、思わず瞬きすらも惜しんでしまう。私は彼女のこういうところが好きだった。優しさを与えられない環境に育ったにも関わらず、なまえの心はたくさんの優しさに溢れている。

彼女より美しい容姿の姫君を幾度となく見てきたが、彼女が一番美しく感じるのは贔屓目だけではなく、内面から滲み出るものがそうさせているのだろう。彼女のする一つ一つの動作を、私は余すところなく全て目に焼き付けたいとすら願っていた。


「椿、白哉様の隊花でしたよね!えっと、確か…高潔な理性?」

「よく覚えていたな」

言って薄く笑えば、なまえは嬉しそうに目を細めた。とは言え彼女の記憶力の良さは今に知ったことではない。彼女は私が教えた事を必ず忘れず、どんな些細なことも頭に刻み込んではこうして時折褒めてもらうことを喜びとしているようである。

私という人物しか自分の世界にいない彼女にとって、喜怒哀楽の基盤は全て私となっていた。それに喜びを覚えてしまう私も、彼女と何ら変わりがないのだが。我ながら、何とも独占欲の強い男である。


「あっ、実は本を見たら…椿の花言葉は他にもあって…」

「そうか、何と書いてあった?」

「え、っと…その…私の気持ちと一緒だったんです…それが…」


気付けば先程まで満面の笑みだったはずのなまえが少し目線を下に落とし、頬を染めていた。いつも天真爛漫な彼女がこうもなかなか言い切らないとは不思議である。一体何が書かれていたのだろうか、記憶を辿ろうにも花言葉など何十年も前に見たきりだ。

私が答えを促すかのように顔を覗き込めば、彼女は意を決したように一層赤くなった顔を上げた。自然とその目と視線が絡み合う。とても弱々しい声が絞り出すように言葉を紡いだ。


「常にあなたを愛します…」


「……な、」


顔から火が出るとは、成程よく言ったものだと思った。私が顔を熱くしてどうするという話だが、急になまえの口から出た言葉は、普段こういった類いのことを一切言わない彼女だからこそ、相当な破壊力を伴っていた。彼女は私の唖然とした反応を見てか、慌てた素振りで私の手を解き、赤い顔でじりじりと後退し始めた。

「あ、あの、違っ…違う、くて…私っ、白哉様を困らせるつもりは…!」

「…!なまえ、足元が」

「っきゃあ!」

私が手を伸ばすより早く、彼女は足を雪にとられて思いきり尻餅をついていた。倒れたなまえの前にある一寸遅れた私の手。それを赤い顔で恨めしそうに見上げている彼女に、思わず申し訳なさよりも笑いがこみ上げた。

「ひどい!助けてくれなかったー!」

「済まぬ、間に合わなかった」

笑いを堪えながら、むくれた表情のなまえに再度手を差し出した。そんな私に気付いてか、さらに顔を赤くして唇を尖らせている何とも愛らしい姿。嗚呼、こんな些細な事が堪らなく幸せである。


「もうっ、白哉様の意地悪!嫌い!」

「…ほう、それは真か?」

「うっ…嘘じゃないも、っん…!?」

同じ目線にしゃがみ込み、その華奢な肩に脱いだ羽織をかけて彼女を引き寄せた。憎まれ口を叩く彼女の、すっかり冷たくなった唇。撫でるように軽く口付けただけだというのに彼女はこれまでとは比にならないほどに赤い頬で私を見上げていた。


「えっ…え…白哉様…今っ…」


私が贈った初めての接吻に、頭に雪を少し被ったまま真っ赤な顔で放心している彼女。まるで先程の椿のようである。その愛しさに頬を緩ませ、そっと雪を撫で落とした。





雪花纏う君と



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