なんか出た



「あのさぁ〜…」

机の上で頬杖をついた私、松本乱菊が呆れ顔で口を開いたことに、息を切らした二人が同時に振り返った。まぁ素敵、なんとも息がぴったりである。


「あんた達、ほんとなんなの?」


溜息をつきながら目前の二人を指差せば、彼らは一瞬顔を見合わせている。指差されたのは六番隊隊士であり友人でもあるみょうじなまえと、彼女の上司である六番隊隊長朽木白哉。二人は今まさに掴み合いの真っ最中である。私が言うのもなんだけど、二人は相当な暇人なんだろうと思う。

なまえは両腕を掴まれている状態にも関わらず上司である朽木隊長の腹部に足を突き立て、必死に抵抗している。一見、彼が有利そうではあるが、なまえの負けず嫌いが発揮され、かれこれ数分は私の前で足掻いていた。朽木隊長が手加減しているのもあるんだろうけど。

「ねぇ、人の隊にわざわざイチャイチャしに来たわけ?」

呆れた声で吐き捨てれば、なまえは乱れた息のまま盛大に顔をしかめて、奥の隊首室を指差した。だが朽木隊長に掴まれた腕であるため、ろくに指差せてもいない。

「んなわけないでしょ!冬獅郎に会いに来るついでに書類届けに来たの!」

「…やはりな、貴様はそういう下心があった訳か」

「あっ…違う、逆逆!逆だよ!?仕事のついでだからね!?」

「何方にせよ下心があるではないか」

朽木隊長の刺すような視線にたじろぎながらも、なまえは身をよじらせて彼の手からの脱出を試みている。まだ諦めてなかったのか、と感心すらしてしまう粘り強さだ。

もっと上手くサボりなさいよ、と言いたいところだが、彼女なりの考えがあるのだから仕方がない。それを知らない私ではないが、気付いていないことにしてあげているのだ、自分の優しさに惚れ惚れする。恐らく今日も長引くだろう、とまたひとつ溜息をついた。

「だからって仕事はしてるじゃん!離してよ仏頂面!毎回何なの!?」

「お前は私の部下だ、上司として職務怠慢を見過ごす事は出来ぬ」

「上司の干渉にしては行き過ぎてんじゃないの!?すぐ帰るってば!」

「何とでも言え、他隊に迷惑をかける行為は私が管理すべき範疇だ」


両者とも折れる気はないようで、懲りずにぎゃいぎゃいと言い争うなまえとそれに冷静に言い返す朽木隊長の戦い。今日に限らず、これまでもお茶を飲みながら長い目で見てきた。だが、そろそろこの問題を片付けたい。だって私も自由が欲しいんだもん。というわけで、少し油を注いでみようと思います。


「で、あんた達って本当に付き合ってないの?」


一瞬静寂が広がったかと思えば、唖然としていたなまえの顔がぶわわ、と赤くなった。思わず笑いかけてしまった口元を湯呑みで必死に隠す。大体予想は付いていたけどなかなか面白い。私は友人の想い人がわからないほど鈍感ではないのだ、鈍感なのはこの二人。

「ばっ…馬鹿じゃないの!?付き合ってる訳ないし、そもそも好意もないし大嫌いだし?!だから死んで下さい朽木隊長」

「…そうか、奇遇だな、私もだ」

「じ、じゃ触んな朴念仁!シスコン!頭に変なもんのせて私に近付くなバーカ!」

最早上司に暴言を吐き捨てて言い争い始めたなまえとそれすらも全く気にしていない朽木隊長。彼にこんな口を聞けるのはなまえくらいだろう。

私がせっかく注いだ油が無駄になりそうな展開を少し残念に思い、湯呑みを置いた。鬱陶しい事この上ないから早く終わって欲しいがこうも両者が素直じゃないと道のりは長い。

大体、これで何回目だろう。この無駄な争いは、ほぼ毎日嫌がらせの如く私の前で繰り広げられている。早い内に何とかしなければ、気持ちよくサボりに行けない。さっき言っていた自由とは、つまりサボりに行くことだ。最近の私はなんだかんだこの二人の行く末が気になることでろくにサボれていなかった。ドラマを一話見逃したようなモヤモヤ感が嫌だからね。


「早く帰れ!恋次が可哀想じゃん!」

「なまえを連れずには帰らぬ。職務に戻れ」

「いーやー!冬獅郎に会いに行く!」

「…毎回毎回、いい加減にくどいぞ」

一番可哀想なのは私も含めた十番隊隊士だ、と内心毒づいていると、朽木隊長がなまえの言葉にわずかに霊圧をあげた。朽木隊長が軽く怒っている原因は第三者の目から見れば一目瞭然だが、当事者のなまえには何もわかっていないのだろう。なまえを見れば、彼女は彼女で泣きそうになっている。これはいい流れだわ、と私は机から酒瓶を取り出した。

「っ、くどいとか、何なの!?誰が好きでこんな事する訳?私だって暇じゃないけど朽木隊長が構ってくれるのなんて私がサボった時くらいなんだから仕方ないでしょ好きなんだもん!流魂街あたりで無様に死んでこい!」

「くどいだろう、私が職務まで放棄し日番谷になまえをとられまいと毎回わざわざ出向いているという…の…に…」

「…あ……」

「………」


口を押さえるなまえと、ようやく自分となまえの言葉を理解した朽木隊長の唖然とした顔を見て、私は溜息をついた。

ああ長かった、でもようやく見届けられた。これで私も気兼ねなくサボりに行けるというものである。あとは六番隊内で仲良くやってくれるだろう。私は出していた酒瓶をポケットに入れ、手を叩いて立ち上がった。 久しぶりに修平でも誘って酒盛りしよっと。




なんか出た
(え?)(今のは…)(はいはいオメデトー)
(待っ…え…?)(長かったねーさあ帰れ)


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