その肩越しの未来



ああ、予感めいたものがなかったわけではなかったのに、どうして私は知らないふりをしてたんだろう。どうして永遠だとか神様だとか運命だとか、そんな実態ないものを信じていたのか。今になってもわからないことだ。

「…なまえに、話したいことがある」

「…ん?」

私は帰ろうとしていた足を止めて、白哉の座る縁側を振り返った。私と白哉が一緒に育ってきた縁側は、昔こそとても大きくて長く見えたが今ではなんてことのない縁側である。勿論、私の家の縁側に比べたら全然長くて立派なのだが随分と見慣れてしまった。

「何?何の話?」

わざと何もわからないふりで立ったまま白哉の顔を覗き込めば、彼は少し俯いたまま自分の足元に落とされた私の影を見つめていた。

「おーい?白哉?」

「………」

いわゆる幼馴染である彼と一緒に育ちながら死神を目指し、人生も成長も全てを隣で見てきた。だから、嫌でもわかってしまう。

私は小さく唇を噛んで白哉の隣に腰掛けた。いつもより少し距離を置いて座った私達の影が後ろから差す夕陽でくっきりとその距離を浮かび上がらせているのだから、余計に何だか胸が詰まるというものである。

「…私は」

白哉の少し緊張した声色とその真剣な表情に、自分の指先が冷たくなっていくのがわかって、私は拳で握り込んだ。だけど、あぁ怖いんだ、とどこか自分を冷静に分析する自分がいる。私はやけに早まる鼓動を隠すように笑顔を向けた。

「早く言ってよ、白哉」

「……実は、」

「好きな人ができたんでしょ」

「……!」

「はい図星。じゃあ一緒にいられないね」


上手く笑えてる自信ならあった。私は昔こそ感情を隠すのが下手だったけど、誰かさんに抱いていた長い長い恋心のおかげで今ではすっかり上手くなっているのだから、目の前の仏頂面にどうもありがとうと皮肉を言ってしまいたいくらいである。

「…それは、どういう、」

「私も面倒事は嫌だし」

「………」

「仕方ないじゃん。誤解されて喧嘩とかなったら嫌でしょ、白哉も」


茫然としている白哉を思い切り笑い飛ばしながら私はもう埋まることないその影の距離を見ていた。好きな人が隣にいて、こんなにも近くて、手を伸ばせば届くのに、こんなにも遠い。全く、私だってこんなこと言いたくないというのに、と心中で悪態をつきながら私はもう同じ気持ちで側にいることのできない想い人の背中を思い切り叩いた。


「よし!じゃあ私帰るから!」

「…待てなまえ、話は、」

「もう聞いたでしょ今」

恐らく最後になる私達の影を目に焼き付けていたが、それももう十分というものである。私は張り裂けてしまいそうな胸を庇うように前屈みになってから勢いよく縁側を降りた。

なんとなく前から、白哉に好きな人がいることは気付いていた。だからさよならが近いこともわかっていたつもりである。私が原因で面倒事になるのが嫌なのも勿論理由の1つではあるが、本当は私が白哉とその恋人を見たくないという我儘が大きかったのかもしれなかった。


「なまえ、私は…、」

「白哉、ちょっと影見てて」

私に何かを言いかけていた白哉を遮って影を指差せば、何が言いたいのだと言いたそうに白哉は私と影を見比べた。そんな白哉から数歩ほど離れて頭の高さを合わせるように立ち、それから腰をかがめる。その、ほんの一瞬。けれど確実に、私を見る白哉の横顔に影が触れた。私の長かった想いはこの1秒にも満たない一瞬に無理やり押し込められたけれど、白哉にはちゃんと伝わったのだろうか。

「…な、」

「…どうだ最後に思い知ったか朽木白哉め!幸せにならなかったら許さないからな!」

「……!」

「じゃあねっ!」

私は一方的に言葉も想いも押し付けて踵を返した。振り返れば後悔も涙も、押し込めていたもの全てが溢れ返りそうでとても後ろを見ることはできそうになくて、思いきり廊下も門もかけ抜けて朽木邸が見えなくなったところでようやく足を止めた。


「あー疲れた!っはは!白哉のあの顔!」

ばくばくとうるさい心臓を隠すようにしゃがみこんで、込み上げてきた自嘲めいた笑いを零した。無理やり笑ったってもう意味はないのに改めて私は何をしてるんだろう。何を言うのにも何をするのも、今更すぎるというのに。

「あーあ…私かっこわる…」

本当は恋愛小説みたいに過去を遡りながら私の気持ちを話せたらどんなにいいだろうとは思った。けれどそんな事、私には到底無理な話である。結局こんな形になってしまうとは、私らしいといえば私らしいがあまりに不恰好で馬鹿っぽい。

あれだけ恥をかいたんだから、白哉の心に今までと変わった形でもいいから居られたらいいのに。そう胸の中で独白したとき、私の前にある影が大きくなった。


「…随分逃げ足が速いな」

「うわっ!?」

急に私の肩を掴む手があって、驚いて振り返れば珍しく少し息を乱した白哉がいた。一瞬、昔の髪をくくった白哉が見えた気がして、ハッとするように目を見開く。勿論、そんなわけはないのだけど。

「…あ、あはは、びっくりした!昔こうやって鬼ごっこしたよね、白哉は負けてたけど」

「なまえは昔から人の話を聞かずに勝手に始めていただけだろう」

「なによ勝手に無口になったくせに」

私が責めるように肩の手をつねれば、それを止める白哉の手が重なった。どき、と跳ねてしまう胸がなんとも悔しい。大体あんな別れ方したというのに、こんな状況気まずいにもほどがあるではないか。

「口数は減ったかもしれぬが、なまえには昔から全て話しているだろう」

「嘘つけ緋真さんと結婚したとき黙ってた」

「それは…」

言い淀む白哉を笑い飛ばしながら、私は白哉に掴まれた手をしみじみと眺めた。昔より大きくなった手は改めて触れてみれば何だか他人みたいである。

「…私が言いたかったのは」

またさっきの縁側と同じように言いにくそうに視線を下に落としている白哉に私もそろそろ呆れながら立ち上がった。この鈍感男が今や隊長なんて信じられないし、それを昔から引っ張ってあげている私が席官なんて信じたくもない。まぁ、私に心を許している証拠なんだろうけどあまりに面倒な男だ。

「わかったよ、応援して欲しいのか」

「…いや、違う」

「え、違うの?相談?何?」

私が痺れを切らして白哉の言いたい答えを当てるように誘導しても一向に頷かない。なんだろう、と不思議に思いながらも返事のない白哉を見るのも飽きて自分のつま先を眺めた。私から伸びる影は白哉の大きな影で隠されて見えなくなっている。

「…私は、」

「ふんふん、それで?」

「…私は……なまえが、好きだ」

「ふーん、その子可愛いの?」

「……私には、一番可愛い」

「あっそ、惚気かよ」

「いや、つまり…」

「…え!?」


ようやく理解したその言葉に勢いよく顔をあげれば、夕陽のせいだけではなく少し赤い顔をした白哉がいた。まるで昔の白哉みたいで、だけど今の白哉で。

茫然とする私の向こうに、白哉は何を見ているのだろうか。どうしてそんなに、幸せそうに、愛おしそうに、私を見ているのだろう。白哉の眼に映る私が同じような顔をしていることに気付いた時、私は白哉の向こうに、遠い昔の彼の姿でなくようやく今の彼を見た気がした。




その肩越しの未来



***

水無月さんリクエストの両片想い
幼馴染を書かせて頂きました…!
ずっと片想いしてた幼馴染相手に
へたれてしまう隊長素敵です…
過去に縋り付くのをやめれば
見え方が変わりますよね。

水無月さんリクエストくださり
本当にありがとうございました!



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