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恐れていた2月14日、私は結局お決まりの逃げ場所である書庫でこじんまりとうずくまっていた。宿舎に逃げ帰りたかったが、こんな時にも関わらず仕事は山の如くあるのだ。でも彼女と白哉の約束の時間は近付いてくるし、仕事は全然終わらないし、もう感情はめちゃくちゃである。

結局私と同じく仕事がある白哉のバレンタインデーは、昼休憩に六番隊隊舎前で待ち合わせするということで何とか約束をこじつけた。非番じゃなかったことに安堵した私は、最後まで何とも見苦しい女である。


「バレンタインなんて、最っ悪…」

膝に顔を埋めたままぽつりと呟けば、くぐもった声が書庫に反響した。ちょうど今頃、告白されてる頃だろうか。そんなことを考えては泣き出しそうになったりして、私も馬鹿である。でも泣いてはいけない、と何度も涙を追い払った。私は応援する役目なんだからと何度言い聞かせただろうか。


「あーあ…」

そろそろ出なければトイレにしては遅いと恋次に疑われてしまうし、昼休憩もなくなるしぼっちで便所飯などと思われては私の新しい恋愛への第一歩はないに等しい。それだけは困る、と焦る気持ちで立ち上がろうとしたが私の体は心より幾分か正直なようで、根が張ったかの如く動かなかった。再び、最悪、とぽつりと言葉が漏れる。


「最悪は、私の科白だ」

突如上から降ってきた声にぎょっとして顔を上げれば、今一番会いたくなくて、一番会いたかった人がいた。無表情で私を見下ろす白哉である。


「ひえっ!?なんで!?」

「…なまえが隠れる場所といえば決まって書庫だろう」

「違う違う!何してるの!?私じゃなくて、あの可愛い子は!?」

白哉は溜息を吐いたかと思えば、身を縮めて座り込んでいた私の腕を引っ張った。その力に少しよろけながら立ち上がれば、書庫特有の古めかしい紙と埃の匂いが鼻をくすぐる。そういえば入隊して初めて白哉と話したのも書庫だったなぁ、なんて若干痺れたお尻をはたきながらぼんやりと思い出した。白哉はあの時と変わらずに感情に乏しい顔で、いやちょっと眉間に皺を寄せて私を見ている。


「…行って来たに決まってるだろう。私を騙すとは、いい度胸ではないか」

「べ、別に私とは言ってないもんね」


確かに誰とは言わずに約束をこじつけたが、騙したとは人聞きが悪い。私は恋の手助けをしてやったというのに、なんでこうも不機嫌そうなんだ。私は極めて平静を装いながら口を開いた。

「よかったじゃん、あんな可愛い子。私に感謝してなんか奢ってね」


これでいい、これで私は部下に戻れる。白哉に報われない片想いをする馬鹿な女ではなくなり、少し親しい仕事仲間になれるのだ。自分で思っておきながら痛んだ胸を隠すように俯いたがそれは急に伸びてきた白哉の手に顔を掬われたせいで数秒も持たなかった。


「本気か?」

「っえ?え、何、が…」

「私があの女と付き合って構わないのかと聞いている」


白哉の何もかもを見透かしてしまいそうな視線に思わずたじろいだ。白哉は何が言いたいのだろう。

混乱する私に分かることなんてただ一つ、どうやらあの女の子は白哉のお気に召さなかったということだけだ。勿論自信があったわけじゃないが、可愛い子だったのにな。まあ白哉に相応しい女の子なんて私が教えて欲しいくらいだから仕方がない。


「え、ごめん…もっと可愛い子探す」

「…莫迦か、お前は」

一見可愛い子がいないことに激怒した参加者に絞められている合コン幹事のような理不尽さではあるが、私は心底落ち込んでいた。あんな可愛い子ですら無理なら最早誰にもチャンスはないんじゃないのか。大体どんなラッキーガールなんだ、それ。


「だって白哉はどんな子がいいのかなんて、わかんないし…」

「…ならば不器用で頑固で間の抜けた裏表のない女を探してこい」

「えー…そんな気持ち悪い女?」


私がげんなりしながら言うと、白哉はまた呆れ顔でため息をついて私の顔を離した。さっきからなんなんだ、不機嫌だったり呆れたりと酷い男である、私だってそんな女の子探すの大変なんだから。大体私の気持ちも知らずに無理難題を頼みやがって。


「もういい、なまえには直球でなければ伝わらぬ。今日の夕刻付き合え」

「えっ…ま、まぁ、別にいいけど…」

なんて、渋々そうに言いながら私は内心浮かれていた。どうしようこれってデートだろうか、いやデートじゃないか。まぁそれが女の子紹介の作戦会議だろうがなんだろうが、一緒にいれるなら嬉しいというものである。

どうせ本当はお高い理想があるのだろう。直球で伝えるという宣告は私の理解力の乏しさを指摘したような言葉で少し気に食わないけど、まぁいいか。


「…何をにやけている」

「んー何でもない!じゃあ後でね!」



次の女の子を探すまで時間がかかればいいなあ、なんて不純なことを考えながら軽い足取りで白哉と書庫を出た私が瀞霊廷イチのラッキーガールの正体に気付くのは、仕事が捗ったり捗らなかったりと悶々として迎えた夕刻に渡された、高そうなチョコレートと白哉の柄にもなく赤い顔を見た時であった。




キューピッドは泣かない


***
ハッピーバレンタイン!って事で
鈍感単純ヒロインでした…それを
好きな彼は苦労が絶えなかったはず…
みなさん是非素敵なバレンタインを!



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