宿泊ホテルの一室で、キルアは買い出した食材を使ってゴンに昼食を振る舞おうとしていた。
2人が滞在しているこのホテルにはキッチンが設置されており、料理するのに必要最低限の道具も揃っていた。いつも外食で済ましているから、折角だし何か作ろうと思い至ったのだ。

キルアが作ろうとしているのは、野菜とベーコンを盛り合わせたパスタ。別段料理が得意というわけではないので、店に陳列されていたレシピ本を立ち読みして決めたものだ。

買った物を一通り机上に並べ、ベーコンを洗ってまな板の上に置く。包丁を手に持ち、それを切ろうとしたがキルアは思い止まった。


「ゴーン。離れてくれねぇと作れないんだけど」

「……やだ」


キルアを後ろから抱き締めたまま、ゴンは離れる気配がない。
この状態で料理など出来るわけがない。特に怪我をさせてしまう危険を考えると、包丁を使うなんてもっての他。


さっきからずっとこの調子で、ゴンはキルアにべっとりだ。歩くときは必ず手を繋いで横に並ぶ。用を足しに行く際はさすがに着いてこなかったが、寂しそうに待っていたのはキルアの記憶に新しい。

断じてうっとおしくなどない。むしろ嬉しいぐらいだが、いきなりどうしてそんなに甘え始めたのかは疑問だ。
率直にそれをゴンに尋ねると、意外な答えが返ってきた。





◆◆◆




「キルアのバカ!! 大っ嫌い!」

「っ、あっそ! 勝手にしろよ!」


小鳥がさえずり合う清らかな朝。
そう怒鳴りあったのは何時間前だったか。お互い意地を張って、話さなくなってからどれぐらい経ったのか。ゴンには分からない。

今冷静に考えてみれば、何で喧嘩をしたのか思い出せない程、些細な理由だった気がする。
ゴンがキルアの菓子を勝手に食べてしまったからかもしれないし。キルアがゴンから借りた金を返さなかったからかもしれない。
いくつもの可能性を考えてしまう程、争いのきっかけは漠然としていた。

何であんなに腹を立ててしまったのか。ゴンは、何だか自分がバカらしくなってきてもいた。


ゴンはちらっとキルアに視線を送る。キルアは自分など眼中にないかのように、ベットに座ってゲームに没頭している。その光景がどうしようもなく寂しい。
自分だけが彼を気にしているみたいで。この温度差は一体何なのだろうか。自分のことをもう嫌いになってしまったのか。
嫌な考えだけがゴンの頭を支配する。

ゴンはぎゅっと唇を噛み、勇気を振り絞ってキルアの傍に寄る。キルアもゴンが近くに来たのを分かっている筈なのに知らん顔。彼の目はゲームの画面に注がれたままだ。
それでもゴンはめげずにキルアに話しかける。


「……キルア」

「……」


無反応。

キルアの冷たい態度に、ゴンは苛立ちではなく胸が張り裂ける思いになった。
今までも喧嘩をしてきたけれど、無視されたことは一度も無かった。だからこそ、悲しくて仕方がない。
泣きそうになるのをぐっと堪える。


「キルア、ごめんね」

「……」

「無視しないで、何か言ってよ。やだ。俺、キルアに嫌われたくないよ……」


我慢していた涙も、等々ゴンの頬を流れ落ちる。
右手はキルアの服の裾を掴み、左手は自分の涙を拭う。拭っても拭ってもそれは止まらない。

キルアに愛想をつかされたら。このまま許してもらえなかったら。
最悪な事態を想定しながら、嗚咽混じりに泣いていた。


ゴンの悲泣に、キルアは肩を震わせて耐えきれないとばかりに、


「だぁー!! やっぱり無理だ!」


そう大声を上げて、手に持っていたゲーム機を放り投げる。
キルアの突然の行動に、ゴンは目を点にさせる。

呆然としているゴンを、キルアは強く抱き締めた。


「今回だけはゴンを無視してでも反省させようって思ってたけど。やっぱり駄目だった。お前に泣かれたら許さない訳にはいかねぇだろ」

「……え?」


予想だにしなかったキルアの吐露に、ゴンの頭はついていけなかった。

涙混じりの声でゴンは尋ねる。一番聞きたいことを。


「えっと、キルアは怒ってないの?」

「もう怒ってねーよ。泣かせてごめんな」


そう優しく微笑んで、ゴンの涙を手で拭う。
その答えにゴンは心底安堵する。気が緩んだせいか、また目から涙が流れた。
仕方ない奴、と苦笑しながらも、頻りに彼女の涙を舌で舐めていく。


「ゴンは俺のこと嫌いじゃないよな?」


キルアが心配気に聞くのは、喧嘩した際に言われたゴンの「大っ嫌い」が気がかりなのだろう。
ゴンは慌てて首を横に振って否定する。


「嫌いじゃない! 大好きだよ!」

「……そっか。だったらもうあんなこと言うなよ」

「ごめんね、キルア……」


ゴンとキルアはお互いに唇を合わせて、愛を確認しあう。

キルアが自分を無視するぐらい腹を立てていた理由を、ゴンは理解した。自分が大嫌いと言って、彼を傷付けてしまったから。思い返せば、そう怒鳴られた瞬間のキルアの顔はとても悲しそうだった。


ゴンはキルアに謝罪を述べながら、キスを送った。
何度も何度も繰り返し。




◆◆◆




雨降って地固まる。
数時間前に喧嘩をしていたなんて考えられないぐらい、2人は仲睦まじい。


「さっき嫌いって言ってキルアを傷付けたじゃん。だから、あれは違うよ、大好きだよって伝えたくてこうして甘えてるの」


それが、ゴンが今キルアに甘えている訳なのだ。ゴンは彼を抱き締める力を一層強める。


ゴンの行動の真相に、キルアは悶絶しそうになる。
それもそうだ。自分の気持ちを言葉だけではなく、行動で伝えようとしている。
『愛しい』と感じない方がおかしいだろう。


キルアは感慨にふけっていると、ゴンが再度口を開く。気恥ずかしさからか、それはか細い声だった。





「傍に居てもいい?」








しばしの沈黙が2人に降りる。

ゴンはキルアの反応を黙ってうかがっている。
キルアは包丁を置いたあと、はぁーとため息を吐く。

「ゴン、ごめんな」

「え?」

「限界だ」













あの後。
間髪を容れず、キルアはゴンを押し倒してその場で彼女を思う存分抱いた。


机上に並べられた数々の食材は、目的を果たされることなく放置されていたのであった。





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僕はらずっとのポロリから頂きました!!
キルゴン♀で、「キルアに甘えるゴン♀」のリクエストで書いていただきました(^////^)
く、くあああ〜〜〜!!!かわいい…!!!!
可愛くて甘くてちょっとはずい感じが絶妙配合でもうもうお腹いっぱい…!!!
喧嘩するキルゴンも、べたべた甘えるゴンも悶えるキルアも、もうその光景を想像するだけで顔がゆるっゆるなので責任取って頂きたい!

素敵なおはなしをありがとうううう
これからもよろしくね…!(^////^)


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