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愛してもらうという事


最初はただ隣を歩きたかった。
普通の恋人がするみたいに手を繋いで、他愛のない会話をしたかっただけ。

でも、当時の恋人はそれをさせてくれなかった。
理由は俺が男だから。幾ら俺が小柄でも、男という時点でカップルっぽい事を外ではしてくれなかった。
デートはもっぱら部屋でエッチ。相手が満足したら会話という会話もなくなるような関係だ。
不満はあっても、嫌われたくないから我慢した。だって好きだから…。

ゲイは簡単に出会いがある訳ではない。
出会う事すら難しくて、その上自分の好みを見付けるのは男女の恋愛とは比べ物にならないくらい難しい事だと思う。
だから俺はこの出会いは奇跡に近いんだと思い込んで、相手の行動全てを受け入れる事に必死だった。
彼を逃したら、きっと次はない…俺みたいな奴を好きになってくれる人なんていない。そう思ってた。

でも、やっぱり恋人らしく扱ってほしくて彼氏にお願いしたんだ。

『どうしたら手を繋いで歩いてくれるの?』

その質問に彼は鬱陶しげに眉を寄せながら、煙草の煙を吹かしていたのを覚えてる。そして言ったんだ。

『そうだな、お前…女みたいだから、女装でもしたら考えてやらなくもないぜ』

今なら間違いなく「死ね、クソ野郎!」と唾でも吐きかけてる所だろうが、この時の俺はこの下らない発言に心底喜んだ。
だって今までどんなにお願いしてもしてくれなかった事を考えると言ってくれた。
それだけで十分だった。

ただ女装をするだけで、恋人らしくしてもらえる…。
そんな馬鹿げた事を思った。

元々俺は男の中でも小柄な方で、学生時代から「女みたい」などと言われてきた。
当時はその言葉が嫌で仕方なかったけど、この時ほど嬉しいと思った事はなかっただろう。

直ぐにネットで調べて、女装してる“女装子”なる人とも知り合いになった。
彼らは全員が全員ゲイという訳ではない。女装が趣味なだけで、彼女がいて一緒に女装を楽しんでる人もいる。
だから、彼らの女装に対する熱意や感情を受け入れるのは最初は難しかった。だって俺は、ただ彼氏のためだけに女装をしようとしてるだけなんだから。


それが切っ掛けで自分の中で目覚めたものが、彼等と同じように女装が趣味になったという事。理由は簡単。女装をした俺をみんなが褒めてくれたから。そんな単純な理由でも、褒められるだけで心底嬉しかったし、もっと可愛くなりたいと思った。
女装をした俺をバカな男がナンパしてきたり、エッチした事も何度もあった。

彼を想って始めた女装は、俺の純粋な気持ちと引き換えに充実した生活をくれた。
それはずっと俺が求めてた物。ずっと欲しかったものだ。

俺は今、凄く充実した生活を送ってる。
趣味の女装で男は寄ってくるし、適当に性処理できる程度の相手もいる。

それで十分。
他になにが必要だっていうんだ。


恋愛は純粋であればあるほど傷付く。
相手を喜ばせてあげたい、もっと愛してもらいたい。そんな思考が相手をどんどん駄目にしていく。
尽くせば尽くすほど、相手は調子にのって傷つける事を平気でするようになる。
そうならない為には、本心はずっと奥…誰にも気付かれないくらい奥にしまって、愛想の良い自分でいれば愛は貰えるし勝手に喜んでもくれる。

それが、愛してもらうという事だ。




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