久々に実家に帰ってきた。
「お母さーん、湊が帰ってきた!」
「湊?あ、本当だ」
「アンタ、ただいまくらい言いなさいよ」
玄関のドアを開けるなり、最初にオレに気付いたのは次女。
続いて三女が顔をのぞかせ、長女が呆れた顔で出迎えてくれた。
「ただいま」
「相変わらず何考えてるか分かんない子ね」
長女は日下さんと同い年で、しっかり者だけど口うるさい。
この年齢の人はみんなこうなんだろうか。
「湊、お土産は?何かあるんでしょ?」
「ないよ」
「何でよ〜」
家から十分程しか離れてないのに、何でお土産が必要なんだろう。
相変わらず次女は図々しい。
「髪切った?可愛い〜、今度私にも切らせて」
「ヤダ、だってヘタクソだもん」
「あはは、湊ってば照れちゃって可愛い」
三女は“オレ達”の事を着せ替え人形のように思っている。
普段はおっとりしてるけど、この三女のせいで何度酷い目にあったか分からない。
「おかえり、湊」
「ただいま」
そして母。オレ達の事を上手くまとめてるベテラン主婦。
母さんがいないときっとみんな、こんなに仲良くないと思うくらいこの家には必要な人だ。
「父さんは?」
「知らなーい、帰ってくるんじゃない?」
そりゃ帰ってくるだろう。
次女の適当な返事にツッコむのすら面倒くさい。
「所で、アンタ今何の仕事してるの?一人で暮らすなんて言って、お金は大丈夫なの?」
そして帰ってきて早々始まる長女の質問タイム。
「今は、ホストしてる。お金は大丈夫」
「ホスト?ホストって、飲み屋の?」
「そう」
「アンタね、大学に行って何でホストなんてやってるのよ!」
「やりたいから」
「ダメに決まってるでしょ!アンタ賢いんだから、ちゃんと就職しなさいよ」
「だって、今はホストやりたいんだ」
傍で話を聞いてた次女が「お母さーん」とキッチンに戻ったばかりの母を呼び、その横で三女が「ホストに行ってみたい」と長女の怒りを煽る。
毎度の事で慣れたけど、もう少し静かにしてほしい…。
この姉妹は落ち着いて話もできないんだろうか。
「なに、どうしたの」
ぱたぱたと母さんが濡れた手をエプロンで拭きながらやってきた。
「湊、ホストやってるんだって」
「へぇ、そうなんだ?」
次女の告げ口に母さんはあっけらかんと答える。
母さんはいつもこうなのに、次女は言わずにはいられないらしい。
「とにかく、すぐにホストなんて辞めなさい」
「嫌だよ」
「別にいいじゃない。ねぇ、湊」
三女は決して味方になってくれてる訳じゃないのだが、今は少しでも協力してもらえるのは有難い。
「ホストって可愛い子いるんでしょ?会わせてほしいなぁ」
ほらね。大体三女はこんな感じ。
「っていうかさ…みんな休日なのに暇なんだね。彼氏とデートとかしないの?」
「「はぁ!?」」
三人の怒り混じりの声が重なる。
そうか、彼氏もいないのか…。
「アンタに言われたくないのよ!」
「そうだよ、湊だって休日なのに実家帰ってきてるじゃん」
「じゃあ、湊が紹介してよ〜」
一気に捲し立てられても普通なら聞き取れないが、何故か昔からこの姉達の声だけは嫌でも耳に入る。
「オレは恋人いるし、普段休日は一緒にいるよ」
この発言に姉達は目を丸くして、またも一気に話しかけてきた。
「はぁ!?誰、どんな人!?」
「湊の恋人ってどんなの?がり勉とか?」
「えー、ヤダ。湊の彼女とか許せない〜」
(うるさい…)
みんな好き勝手な事を言う中、オレはため息交じりに本当の事を口にする。
「彼女じゃなくて、彼氏だし…早く姉ちゃん達も恋人作りなよ」
「「はぁぁ!?」」
この日、一番大きな声が家に響いた。
元使っていたオレの部屋。
ドアの前に立ち、コンコンとノックする。
「カイ、いる?」
部屋の奥から「いるよ」という声がして、入っても良いという許可をもらいドアを開けた。
「相変わらず暗い部屋…目悪くなるよ」
「おかえり、湊。目はもう悪い」
双子の弟の浬(カイリ)は所謂、引きこもりでいつも部屋でパソコンをしてる。オタクというやつだ。
別にそれが悪いとは思わないしカイが楽しいならいいけど、こんなに暗い部屋に何時間も居たらオレなら疲れてしまう。
「…あのさー」
まだ残ってる二段ベットの下に寝そべり、パソコンに向かう浬を見る。
「カイ、オレ彼氏できたんだ」
「へぇ、良かったね。湊バイだもんね」
オレがバイだという事は家族の誰にも内緒にしてる訳じゃないけど、何故か姉達は分かってくれない。
でも浬だけは理解してくれて、いつも相談したりしていた。
「姉ちゃん達に言ったら文句言われた。何でみんな彼氏作らないんだろ」
「できる訳ないじゃん。あんな女達と誰も付き合いたくないって」
「そうかもしれないけど、みんな優しいじゃん」
「はぁ…だから湊は…。今の彼氏って良い人?騙されてない?大丈夫?」
「うん、優しいよ」
浬は双子だからか、男兄弟はオレしかいないからか、凄くオレの事を心配してくれる。
オレだって同じくらい浬の事を心配してるけど、浬はオレよりしっかりしてるから心配する必要がないのが少し寂しい。
「ならいいけど。今日は泊まってくの?」
「帰る」
「分かった、またね」
よく友達にオレ達兄弟は冷めてるなんて言われるけど、オレと浬はいつもこんな感じだ。
オレは凄く仲良しだと思ってるし、浬もそうだと思う。
「あ、今度彼氏に会わせようか?」
「…気が向けばね」
「分かった」
部屋を出て、ふと考える。
(日下さん、家に来たがるかな…?)
まずあの姉達に質問攻めにあって、浬に苦戦する日下さんを想像すると簡単に家には呼べないような気がした。
「湊ー!ちょっと、こっちきて!」
下の階から長女の声が聞こえてきた。
これはまた、何か言われる前触れだ。そうなる前に帰ろうかな。
「湊!早く!」
「……」
たまにならいいけどさ…これだから実家に帰るのは嫌なんだって分かってくれないよね。