実家に帰ると必ず言われる事がある。
「稔、あんたいつ結婚すんの」
毎回、母から言われるこの言葉に、頭を抱えずにはいられなかった。
俺は今、姉夫婦とその子供達と一緒に実家に帰っていた。
姉の子供は三人。小学生と幼稚園児、生後半年になる子がいる。
夕飯をみんなで食べながら和気藹々とした空気の中、「結婚」という言葉にみんなの視線が俺へと集まった。
「おじさん、結婚すんの?」
「はは…その予定はないかな」
小学生の甥っ子にとって当然俺は「叔父さん」なのだが、言われる度にグサリとくるものがある。
俺はまだ二十八で、でも“もう二十八”でもある。
下手したら小学生の子供がいたっておかしくない年齢なんだ。
だが、母親に「結婚は?」と聞かれるにはまだ早いような気がする。
二十八といえば男はまだ遊びたい盛で、結婚しようなんて頭にない人の方が多いだろう。
既に孫が三人もいるというのに、それでも言ってくるのは母の性格なんだろうか…。
「稔君は背も高いし顔も格好いいから、モテるだろうなぁ」
「いえ、そんな事は…」
そして姉の旦那もこういう事を言ってくる。
少々頼りないが、姉には勿体ないくらい優しくて良い人だ。
それだけに、メガネの奥の純粋な瞳が辛い。
(苦しいなぁ…)
みんな俺の事をごく普通の男だと思ってくれている。
それが嬉しくもあり、物凄い罪悪感で胸が苦しいのも確かだ。
ここに居る全員、俺がゲイである事を誰も知らない。
自分がゲイだと自覚した段階ではまだ幼すぎて、成長すると共にその感情は表に出せなくなった。
そして未だに家族にすらカミングアウトできずにいる。
おそらく俺は一生その事を家族に打ち明ける事はないだろう。
特に母のように息子の結婚を望んでる人には辛い現実だから、言えるはずがないんだ。
「お母さん、心配しなくったって稔にも彼女くらいいるわよ」
「そうだね、俺もそう思うよ」
夫婦そろって「うんうん」と頷く。
他人でも生活を共にすると似てくると言うのは本当なんだな…。
「そうかもしれないけど、稔ったら一度も連れてきたことないんだから…」
「そんな事ないんじゃない?ほら、高校の時によく髪の長い子連れてきてたよね?」
「ああ、そんな事もあったわね。でもあれ彼女じゃないんでしょ?」
「そうなの?」
そして俺を見る母と姉。やめてくれ。
「ど、どうだったかな。忘れちゃったよ…」
彼女な訳がない。
その“髪の長い子”には確かに告白はされたけど受け入れられるはずもなく、結局彼女は俺の好きだった人と付き合うという最終的に苦い思い出となった。
(はぁ…)
この後ろめたさは、自分がゲイである以上無くなることはないだろう。
申し訳ないとは思うけど、早く諦めてくれないかと願うばかりだ。
「アンタ彼女いないなら良い子知ってるんだけど」
「やめてくれよ、そういうのいいからさ…」
訂正。
今すぐ、諦めてほしい。
だから嫌なんだ…実家に帰るのは。