「じゃあ、また後でな」
「送ります」
「いいよ、お前も出勤なんだから支度あるだろ」
玄関で靴を履き普段通りに振る舞うオレに、京介は申し訳なさそうに眉を下げる。
「大丈夫ですか?」
「何が?つかタクシー拾うし、帰りなら気にする事ねぇよ」
京介は多分、オレの体の事を心配してるんだろう。
実際体のあちこちが痛いしケツには感じた事のない違和感があるが、それを態度に出す事はオレのプライドが許さない。
(これ以上、弱みを見せらんねぇんだよ)
ほんの数時間前、オレは京介と体の関係を持ってしまった。
オレのヴァージンをコイツが奪ったんだ。
それを許したのはオレだけど、正直どんな風に接していいのか分からない。
昨日までは「ナンバーワンを奪った憎き京介」だった。
それが今では「初めての男」に昇格し、体だけじゃなく気持ちまでも揺るがされてる事に戸惑いを感じていた。
「世莉さん」
「あ?」
甘い眼差し。この目で見られると身動きが取れなくなってしまう。
「んっ…ぅ…」
一歩下がってはみたものの、すぐに京介につかまってキスをされた。
京介の舌が歯列をなぞり口腔に押し入ってくる。
頭の芯が痺れる感覚に吐息が漏れ、いとも簡単にコイツのペースに流された。
「は…っ…」
下唇を甘噛みされ、名残惜しそうに唇が離れる。
たったそれだけの事なのに、京介がどれだけオレを好きなのか痛いほど伝わってきた。
「お願いだから、なかった事にしないでください…」
「えっ…」
「俺がアナタを好きな事、関係を持った事…全て本気ですから。だから、なかった事にしないでほしい…」
京介の気持ちの強さに瞳の奥がジンと熱くなった。
(何でコイツ、オレなんか好きなんだよ…)
寂しさを埋めるだけのセックスだった。
一人で居ると色々思い出して辛くなるから、都合よく甘えただけなのに…。
こんな風に必要とされたら、突き放せる訳がない――
「バカじゃねぇの?んな事考えてる暇あるなら、オレにナンバーワン取られねぇように対策でも練ってろ」
「世莉さん…」
クルリと背中を向け、レバーハンドルに手を掛ける。
「別に、お前が軽い気持ちでこんな事したなんて思ってねぇよ」
じゃあな、と部屋を出るオレは少し照れているような気がした。
京介を初めて見た時から感じていた不愉快な気持ちは、特別なものに変わろうとしている。
読み取りにくい表情の奥で、アイツはオレの事を好きでいてくれた。
それが分かって満更でもないオレは、きっとまた京介を求めてしまう。
オレにとっては都合の良い関係。
逆に京介はどこまでオレを受け入れてくれるんだろうと、ちょっとした期待を感じた。
「さて、タクシー拾うか」
すっかり暗くなった空に呟いて、一歩一歩と進んでいく。
これから始まるオレ達の時間に向かって…。