アナタはQueen | ナノ




午後七時、Stellaオープン。

客足は上々、開店時間と同時に一気に席が埋まった。元々ホストをしていた連中が多いのもあって殆どが自分の客を呼んでいるようだ。
しかしオレはというと、予想していたより遥かに最悪な状態からのスタートだった。

「えー、何ぃ!?」

「――で、――なの!」

(聞こえねぇー!)

店内のBGMは大きいし、ホストの声はでかいし、コールやらなんやらで会話が全然聞こえない。店が悪いと言う訳ではないが、Queenが静かな店だからこの音量に慣れるのは時間がかかりそうだ。
普段の声量じゃとてもじゃないけど会話はできそうにないし、だからといって声を張り上げ続けてたらラストの頃には声が出なくなってる気がした。

(まずい…)

予想はしていたが、客層もQueenとは全く違って若い女の子が多いようだ。テンション高いし、ノリも凄い。同じ年頃のはずなのに、Queenの仕事しか知らないオレはこの雰囲気についていくのは正直辛かった。

こうして他の店で働いてみると、自分はQueenのホストなんだと実感する。

元々オレは賑やかな場所が好きだ。音楽ガンガン鳴らして大人数でバカ騒ぎして。そういう時間が好きだった。着てる服も派手な物が多かったし、ここに居るホストと好みは然程変わらないと思ってたのに…。
けど、Queenに入ってオレは自分が思っているより落ち着いてしまったのかもしれない。流行の物は好きだけど、どちらかと言えば今は品や清潔感を重視しているように思う。

接客だってQueenに入ったばかりの頃は複数で会話したり、ノリで押し切ろう!みたいな所があったはずなのに、今じゃその接客が苦手になっている。Queenは会話を重視した店だから複数で会話するよりマンツーマンの方が向いているんだ。
その分テクニックも知識も必要になるから、勉強は欠かせないんだけど…。

Stellaは本来オレが得意としていた部類の店なんだろう。
飲んで、大声で笑って、豪快なスキンシップ。店内でキスしたって誰も驚かない。こういう店が好きなお客さんもいるしオレだって別に嫌という訳ではないけど、正直この助っ人期間を乗り切れるか心配になっていた。

(帰りたい…)

早く、Queenに帰りたい。
初日からそんな事を思ってしまった。




閉店後、汐音がオレに言った。

「お前さ、もうホスト辞めたら?」

「あぁ?」

「全然仕事できてないし、役に立たないダメホストじゃねぇか!」

まとめ役として意見してるつもりだろうか。
何にしても今のオレは言い返せる言葉もない。店のシステムや雰囲気に戸惑って役に立たなかったのは本当だから。

「……」

無言のオレに汐音は大袈裟なくらい露骨な溜め息を吐いた。

「はぁ〜…やる気あんの?」

「なあ、汐音…お前は平気なのか?」

「は?」

「Queen辞めてからも、ホストやってたんだろ?前の店もこういう雰囲気だったのか?」

「はっ、まさか弱気になってるんじゃないだろうな?StellaがQueenと違うからって、仕事内容は変わらないだろ」

「そうだけど…」

(どうして、そんなに余裕があるんだ?)

――Queenを辞めてからもずっと、悠聖さんと働いてきたから?

実際、汐音がどこで何をしていたかなんて知らない。悠聖さんだってそうだ。
なのに二人が同時にオレの前に現れて、汐音の仕事に対する対応を見ていたらそう思わずにはいられなかった。

「……」

「チッ…何を考えてるかは知らないけど、お前がそんなだと俺が困るんだよ」

「お前が、まとめ役だから?」

「はぁ?お前いつからそんなヌケた事言うようになったんだ?ムカツク、マジでホスト辞めちまえ」

これ以上話してられないと汐音が踵を返して歩き出す。

「何だよ!意味分かんねぇって!」

立ち去る汐音の背中に向かって声を張り上げると、怒りが混じった声が返ってきた。

「お前が、俺をナンバーワンから引きずり下したんだろ!…中途半端な仕事すんじゃねぇよ!」

「……っ」

吐き捨てるように言われた言葉に、オレはホストとしてのプライドがなくなっている事に気付いた。京介にナンバーワンを奪われて、今なら汐音の気持ちを理解できるはずなのに…。

「つーか…」

振り返った汐音は見下すようにオレを見る。

「お前…ナンバーワンから落ちたのに、よくQueenにいられるな」

そう言った汐音の姿にオレがナンバーワンを目指していた頃と同じ、越えられない何かを感じた。




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