その日の夜、セトから電話があった。
『琥太郎、何してるの?ご飯何食べた?』
「ピーマン食べた」
『え?それだけ?』
「俊のせいで、それだけ」
『あはっ、でも俊はピーマン苦手だよね。小さい頃からそうなんだよ〜』
普段よりテンションの高いセトの声。その後ろで賑やかな笑い声が聞こえる。酒でも飲んでる最中なんだろう。
「セト、飲んでんの?」
『ん〜、ちょっとね。え?あ、琥太郎、ちょっと待ってて……藍屋くーん!』
電話の向こうで会社の人らしき人と会話をするセトの声が、何だか大人っぽく感じた。普段はふにゃふにゃしてるというか、ヘラヘラしてると言うか、そういう雰囲気は変わらないのにどこかしっかりしていて、俺の知らないセトの声を聞いてるような気持ちになる。
(妬いてるのかな…)
この気持ちは嫉妬なんだろうか。でも、知らないセトの声を聞けて嬉しくも思う。相変わらずハッキリとしない感情にモヤモヤするばかりだ。
『ごめん、また連絡するよ』
「いいよ、こっちは大丈夫だから」
『分かった。あ…俊は、どう?』
「どうって?」
『いや、何もないなら良いんだ。またね』
「うん、じゃあね…」
セトの言葉に小さな疑問を感じながら通話を切った。
(俊に何かあるのかな?)
意味があるようで、どうでも良いセトの言葉。
すぐに忘れて眠りについた。
翌日、大学に来ると荒木が知人に頼んだらしい物件の資料を陽向に渡した。
「司〜、マジでありがとう!昨日もさー凄くて…思わず壁叩いちゃったよ」
「あはは、オレは羨ましいけどな〜」
「じゃ、部屋交換しようよ。司って今どこに住んでんの?」
「あー…今は部屋借りてない…んだよね」
「え!家なき子!?ウチ来る?」
「じゃ、今度頼むわ」
(荒木、部屋借りてないんだ?)
荒木と陽向の会話を傍で聞きながら、そんな事を思う。
荒木は旅行ばかり行ってるし、きっと女の子の所を転々としてるんだろう。
「あ、そうだ。結城」
「んー?」
「昨日さ、カナミちゃんから電話きたんだ」
「え、カナミって…」
確か、荒木と合コンに行った時に荒木と寝た子だ。
その時に俺はアキと関係を持ってしまったのだが、今となっては消したい過去の一つだったりする。
「何の用で?」
「結城の家どこってしつこく聞いてきてさ。教えなかったけど」
「何だろう?」
「もしかしたらアキちゃん、結城の事忘れられないのかも」
「そんな子に思えないんだけど…」
「同感」
はは、と笑いながらカナミが何のつもりでいるのか気になったが、大した用じゃないだろうとこの場で話は終わった。
午後の授業を終えた所で、俊からメールがきた。
『喫煙室にいる』
大学には何か所か喫煙所があって、俊は大抵そこに居る事が多い。俺は教室を出て俊のいる場所に向かった。
「終わった?」
「うん、俊は?」
「オレもこの後なし。帰るか?」
「そうだな。なあ、たまには外食しようよ」
「そうすっか」
「ガッツリ食いたいな〜」
「オレも。昨日のピーマンだけとか、本気で辛かったし」
「それはお前が悪いんだろ」
「コータ…意外と根に持つよな」
「当然だろ!」
こんな普通で…ちょっとだけズレた会話をしながら外に出る。
昨日のキスはなかったかのような軽い会話に、俺も俊も笑いながら歩いていたから気付かなかったんだ。
「結城君」
「――え…?」
アキの横を通り過ぎていた事を――
「え…?何で、アキ…」
「会いたくて、来ちゃった…」
誰が予想しただろうか。
合コンで知り合って、その日の内に体の関係を持つような女の子が、本気で恋をしてるような顔で俺に会いに来るなんて。
(あの時、ハッキリと断ったはずなのに)
おまけにビンタ付きだった事は一生忘れられない。
「コータ、知り合い?」
「あ、ああ…」
アキが俊に向かってニコリと微笑むと、俊は露骨に嫌そうな顔をして眉間の皺を深くした。
「結城君、話があるの…」
「話し…?」
嫌な予感がした。アキの話しは俺にとって良い事は一つもないと思ているだけに、聞きたくなくて戸惑ってしまう。すると俊が間に入ってアキに言った。
「おいブス、オレとコータはこれから飯を食いに行くんだよ。邪魔すんな」
行くぞ、とアキの事を無視して歩き出す俊の後を追う。するとアキは「待って!」と俺の手を掴んで引き止めてきた。
「結城君、聞いて!私――」
――人生、一度や二度失敗はある。偉い人はやり直せると言うが、何でもと言う訳ではない。
俺は…やり直せない失敗をしてしまったようだ。