セトが出張に行って三日目。
俺も俊も口にはしないけどバイト以外の用事を入れないように、出来るだけ一緒にいようとしていた。
セトの居ないマンションはやけに広く感じて、一人でいると寂しくなるのは俊も同じなのかもしれない。
決して気を遣ってる訳ではないが、何となく…本当に何となくセトが帰ってくるまで俊の傍にいようと思っていた。
「コータ、これやる」
ただいま俊と一緒に学食で食事中。
俊は苦手な野菜を俺の皿にひょいひょいと移して、肉ばかりを口にする。家でも割とそうだけど、俊の好き嫌いは正直困ったものだ。
主にピーマンとかにんじんとか、まるで子供が苦手とするものが多いのだが、調理法によって食べたり食べなかったりするので結構好みが難しい。
「あのな、こうやっていらないものを勝手に移すなよ。ちゃんと食わなきゃ駄目だろ」
「嫌いなんだよ、その緑のやつ」
「でも、ピーマンの肉詰めは食べるだろ」
「あれは肉の量が多ければ問題ない」
「じゃあ、これも肉と一緒に食えよ。ほら」
「嫌だ。固そう」
「我が儘だなぁ…」
今に始まった事ではないが、俊の我が儘は時々子供のようで困ってしまう。セトの家で家事を任されてる身としては、好き嫌いしないでほしいが難しいだろうな。
「琥太郎ー!」
学食に元気な声が響く。途端に背後から抱き付かれて、振り返ると友人の野上 陽向(のがみ ひなた)がいた。
陽向は人懐っこくて元気で、まるで犬みたいな奴だ。同い年なのもあって結構気が合うし、こういうスキンシップは野上らしい。
「もー、聞いてよ!オレ引越しする!」
「え?まだ住んでそんなに経ってないだろ?」
「そうなんだけど…隣がさ…いつも、激しいんだ…」
「激しい…って…あー。そういう事、あはは」
困ったように眉を下げて、ぐったりとため息を吐く陽向。本人は至って真面目なのだが、その様子が逆に可笑しくて笑ってしまう。
「マジで最悪だよ。おまけに黒くてカサカサしてる虫も出てきてさ…誰か良い部屋紹介してくれないかな」
「んー…」
その時「知ってるよ」という声に俺と陽向が同時に振り向くと、今度はそこに荒木がいた。相変わらず日に焼けた肌は真っ黒だ。
「ああ、荒木なら知ってそうだな」
「司(つかさ)、教えてよ!もうオレさー、彼女いないし余計に辛いんだ」
「まあまあ、落ち着けって。場所どの辺で考えてんの?何人か知ってる人いるけど…あ、そういえば沢村先輩の親父が不動産関係だって聞いたな…」
ぺらぺらと話をする荒木に、相変わらずどこで知り合ってくるのか知人の多さに驚くばかりだ。
その横で陽向は何か考え込むようにした後、ぽつりと言った。
「沢村先輩か…この間、連絡したんだけど出なかったんだよな。仕事で忙しいのかも」
「そういや結構良い所に受かったんだろ?どこで働いてるんだ?」
陽向と首を傾げながら春に卒業したばかりの先輩の事を考えていると今度は俊が口を開いた。
「バイト先のビルで見かけたけど」
「お前のバイト先って飲み屋だろ?飲みに来てたとか…?」
「んー、あれはそんな感じじゃねぇな。働いてるんじゃねぇの?」
「飲み屋で?」
「そう」
「えー?」
沢村先輩は、俺達の間では少し有名だ。
知的で顔も可愛らしいのに、何というか良く人を怒らせる発言をする。本人に悪気がないのでその辺はみんなも理解してるのだが、とにかく癖のある人には違いない。
そんな沢村先輩は今年の春に卒業して、すっかりエリートコースを進んでると思ったのに、俊の話しではそうではないようだ。
「あ、そういえばオレも見たわ。やたらと背の高い人と歩いてたな…何か、雰囲気がふわふわしてたから一瞬違う人かと思ったけど」
「荒木も見かけたって事は、この辺にはいるんだな。つか、ふわふわ…想像つかない…」
「あはは、結城は沢村先輩に“ちっさ”とかいつも言われてたもんな」
「はは…言われてた。お前だって、紫外線を浴びすぎるとメラニン色素が何とか〜って言われてたじゃん」
「……」
「……」
「「……分かんない人だよなぁ…」」
俺と荒木が声を揃えて沢村先輩の事を言ってる時、俊と陽向はそれぞれ先輩に対して違う事を思っていた。
この事が後に、あんな事になるとは誰も知る筈がなかった。