「結城君、レジお願い」
「はい」
夜、バイトに出た俺はせっせと働いていた。
今バイトしてるのはイタ飯屋で、パスタやピザなどを主に扱った多店舗ある店だ。一応店の雰囲気に合わせた白いシャツに腰に巻いた黒いエプロンを着て仕事をしている。
ワインやビールなんかも扱っていて、リーズナブルだから若い客から年配まで気軽に入れる店だ。
大学に入って既に三回目のバイトだが、今の店が一番自分にあってる。
時間も長くないし、給料もそこそこだし、生活に支障がないのが有難い。
今までは実家からの仕送りが殆どないから、生活するのが本当に苦しかったんだ。
大学に行かせてもらえるだけ有難いのだけど、自分の事は自分でしろというのが家のやり方で、そのせいでセトの家に来るまで本当に苦しい生活を送っていた。
今は家賃がないというだけでかなり楽できてるし、セトには本当に感謝してるんだ。
「いらっしゃいませ…おお、荒木!」
「おっす」
丁度レジ打ちが終わって厨房に入ろうとした矢先、荒木が来店してきた。
見た事のない女の子二人とハーレム状態でやってきた荒木は、ヒラヒラと手を振っている。
「何、来てくれたんだ?三人?」
「そう」
「はは、こちらへどうぞ」
店内へと案内してる最中、荒木がそっと俺に近付いてきて毎度おなじみのニヤついた顔で言った。
「バイト終わった後、みんなで遊ばない?」
「え?」
みんな…つまりここに居る子達と、という意味だろう。
毎度の事だけど荒木はどこで女の子を引っ掻けてくるんだ?
「……」
チラリと女の子達に目を向けると、ニコリと微笑まれて少し照れてしまった。
その様子を見る限り、彼女達も承知してるという事だろうか。
(でも、今日はセトが居ないから俊が…)
別に子供じゃないから俊が一人でも何の問題もないんだけど、何となく気が引けてしまう。
「ちょっと考えさせて」
「ん?何か用事でもあんの?」
「用事と言うか…」
何でこんな言いづらいんだろう。
普通に考えて「俊が一人になるから」なんて言った所で「何言ってんだ?」って話だ。俺だって荒木の立場ならきっとそう思う。
(っていうか、何で気にしてるんだろう…)
そうだ、俊だって女の子と遊びに行ってるだろうし、別に俺が好き勝手遊んだって問題ないじゃないか。
そう思いながら何となくモヤモヤした気持ちで荒木の誘いに乗る事にした。
「やっぱ、行く」
「やった!じゃあ、バイト終わるまで待ってる。とりあえず注文〜」
「決まったら呼んで」
そう言って仕事に戻ろうとした俺の視界に、何だか見てはいけない物を見た気がして恐る恐る振り返る。
「す、俊!?」
「おー、いたいた」
もぐもぐと口を動かしながら持ってるフォークを振る俊。
今さっき考えてた人物がここに居て目玉が飛び出るほど驚いた。
「いつ来たんだよ?全然気づかなかった」
「さっき。なあ、このカルパッチョうめぇな」
「お、おお…ありがと…」
俺が作ってる訳じゃないが褒められてお礼を言うと、俊の向かいの席に座ってるやたらと派手な人が俺に声を掛けてきた。
「へぇ、アンタが俊の…なあ、俊の同居人ってほんと?」
「そうですけど」
「すげぇな、俊と一緒に住んでると大変だろ」
(うおお…キラキラしてる)
言いながら笑うこの人は、見た目は派手なのに物凄く綺麗な笑い方をする。
思わず目をぱちくりさせていると、俊がハッと鼻で笑った。
「セリ、分かってねぇな。オレは家事の手伝いだってすんだぜ?」
「お前が?うっそくせぇ」
「あ、本当です。俊は良く手伝ってくれるから助かってます」
俺が口を挟むとセリと呼ばれるこの人は本気で驚いた顔をしてて、俊へのイメージがどんなものなのか何となく理解できた。
恐らく「何もできない奴」または「ヤル事しか考えてない奴」と言ったところだろう。
俺も最初はそう思ってたから、その気持ちは良く分かる。
「って言うか、何しに来たんだ?」
「飯食いに来た」
「そうだろうけど…」
そう言って口を動かす俊に、セリさんは呆れた顔を向けた。
「違うだろ、アンタの事気にしてきたんだよ」
「何でオレが気にしなきゃいけねぇんだよ!」
「実際そうだろうが、コータが夜一人だからって言ってたくせに!」
「ああっ!?」
「ちょっと!他のお客様の迷惑になるので…」
まるで喧嘩みたいな会話に慌てて止めに入ると、二人はすぐに口を閉じて顔を逸らした。
ホッと息を吐くと案の定周りの視線はこっちに向いていて、バイト仲間がよそよそと駆け寄って来た。
「結城君、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。ご迷惑おかけしました」
俊はすぐこれだ。恥ずかしがってムキになるから、みんな心配するんだ。
それでも憎めないし、迷惑だなんて思わないから俊の凄い所だなと思う。
「あと一時間で上がるから、一緒に帰ろう」
結局は俺も俊も同じ事を考えてたんだと分かって、荒木には悪いけど今日は俊と一緒に帰る事にした。