心臓の音は懐古に
消え去っている

私の世界は狭い。藍染隊長にそう言われた。とにかく、優しく微笑まれた。そのせいで私は何でですかと問い掛けることが出来なかった。

真っ白な雪が降る夜空に浮かぶ星を見上げては、白い息を吐く。

「やあ」
「あ…」

霊圧を感じると同時に肩を叩かれ、振り向くと浮竹隊長だった。半纏を来て、襟巻きをして手袋をした浮竹隊長は初めて見た。何と言うか…隊長という肩書きらしくはない。でも、浮竹隊長らしいとも思った。

「お体に障りますよ」
「ハハ。でも人のことが言えないだろ」

私と浮竹隊長は仲間だ。病弱故の四番隊通いは十三番隊だけでなく、十三隊に知れているほど。悲しいかな。お陰で体は鈍るばかり、字だけは上達する事務方となっていた。

「しかし、良い夜だな」
「そうですね」

漆黒というには明るい濃紺とも黒とも言い難い夜の空。ポツポツと浮かぶ星とぼんやりと淡い光りを放つ月。瀞霊廷の明かりから離れた場所にある此処は、格好の場所。キンと冷えた寒さに白い息が、神経を研ぎ澄まさせてるんじゃないかなぁと思うぐらいに無音を感じさせた。

「息の白さに音が無いように感じるなぁ」
「あら」
「君もそう思ったのか」

理屈では通らない表現が伝わる数少ない人。感じたことが同じで嬉しいらしい浮竹隊長は、うんうんと頻りに頷く。

「美的感覚が一緒か!」
「盆栽はしないですよ」
「自分が満足すれば良いさ」

私の世界が狭いならば、浮竹隊長の世界は広いんだろうなぁ。この前は檜佐木に盆栽の話をして困らせたなぁとか、吉良に差し入れをしたら嗅ぎ付けた松本が騒いでなぁと思い出し笑いをする浮竹隊長の話を聞いて、ふと藍染隊長の言っていたことを思い出した。

首筋に滑り込んだ寒気に体が震えた。と、浮竹隊長が話すのをやめて、立ち上がる。どうかしたのかしら。

「この方が温かいだろ!」
「まぁ!」

距離がないんじゃないっていうくらいに近くに腰を据えた浮竹隊長は、ほくほくと肩を揺らした。恥ずかしいな。抱えた膝に顔を埋めて、火照る頬を隠す。

「何だ?」
「ん、何でもないですよ」

そうか?と顔を覗き込む仕草で浮竹隊長の長い綺麗な髪が私の死魄装にかかる。月明かりを浴びた白髪が儚く綺麗。儚いという言葉は暗黙の了解なのか、言われる容姿でもないし言われたことがない。ただ一度を除いて。

あれは十年くらい前。四番隊の診断を受ける為に待合室にいると、他にも席が空いているのに浮竹隊長が隣に来た。やっぱり緊張する。いくら人当たりの良い浮竹隊長でも隊長は隊長だもの。そんな風に思い、会釈をしたあと畏まっていたら、なぁと声を掛けられた。

「はい?」
「君は儚いんだなぁ」
「え」
「線が細いとかじゃなくてだな、こう…風に揺れる一輪の花というか」

臆面もなくクサイ台詞を吐く浮竹隊長。この時私は、浮竹隊長を知りたいと思った。目の前で咳込み、吐血をする浮竹隊長を介抱しつつ、どうしたら良いだろうとよこしまな考えをしていた。

「さっきはありがとうな」
「いえ」
「またなっ」

浮竹隊長のまたなという言葉通り、定期的に四番隊で会うようになる。たまに入院を勧められると、夜中に二人で屋根に登る。卯ノ花隊長は気付かれていたようだけど。


随分と後になってから、藍染隊長に浮竹隊長に儚くて可愛らしいと言われたことを話したことがある。すると、花を生けていた手を止めてクスリと笑った。嘲笑でも失笑でも苦笑でもない、零れた笑み。今となってはその時の藍染隊長の本当の姿かどうかは分からない。

「君くんの世界は狭く煌めいて羨ましいよ」
「藍染隊長?」
「さ、お茶でもどうだい」

書類の確認を頼みにきたはずの私は結局、浮竹隊長への思いを洗いざらい話してしまった。

あれから二年近くになる。髪は伸びて、手入れもかかさない。それでも浮竹隊長の髪には届かない。まるで、浮竹隊長への思いが届かないように。

「聞いてるか?」
「はい」
「今度、髪紐をあげよう。昔、買って使っていないものがあるんだ」

朱や青や萌黄、山吹と色を取り上げていく浮竹隊長の横顔はまるで幼子のよう。こうやってまた一つ、一つ私の小さな小さな世界は彩られていく。

「好きな色はあるかい?」
「白とか菫色ですね」
「あるぞ」

どくどく、とくとくと鳴り止まない鼓動をそっと隠して私は浮竹隊長の横顔を見つめる。


ポラリス様提出
120226
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