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また、か。



視界に青色が映り込み、若松は走るスピードを緩めた。



「…青峰。」



夜のジョギング中に若松が青峰の姿を見かけたのは、何度目だろうか。一ヶ月くらい前、気分転換にコースを変えてみたところ自宅がこの辺りではないはずの青峰を目撃し、不思議に思い、後をつけたのが始まりだった。その時は人通りの多い場所で見失ってしまったわけだが。それ以来大通りに近いこのコースを走るようになり、三回に一度のペースでぶらぶらと街をうろつく青峰を若松は横目で目撃していた。



しかし、若松は一度も青峰に声をかけたことはなかった。自分がここを通っている事を知れば己の事が嫌いな青峰は来なくなるんじゃないか。そんなおかしな考えを起こしてしまうくらい、この時間、一時的に視界に現れる青色が何だか心地よかったのだ。



だがそのジョギングの時間は今をもって終わりを迎える事となる。いつも怠そうな、無愛想な表情で歩いている青峰だが、今日はどこかその顔つきが違って見えた。少し苦しげに眉間にシワを寄せ、軽く唇を噛み締めている。もしかして具合でも悪いんじゃないか、と普段とは打って変わる雰囲気を醸し出す青峰にさすがの若松も心配になった。



「おい。」



帰り道のサラリーマンや寄り道をしていた学生、たくさんの人間が行き惑う通りの一部で。若松は後ろから、青峰に近づき声をかける。が、目の前をゆっくりと歩く背中は止まらない。無視されているのだろうか?今度は肩に手を置いて声をかけた。



「おい、青峰。」


「!っ…え、」



身体をびくりと揺らし驚いたように青峰は振り向いた。重なりあう視線の先の彼の目は不安を帯びているように見える。



「わ、かまつサン…。」


「こんなとこで何やってんだ。」


「…アンタこそ。」


「俺は、ジョギング中だ。」



こんな場所で?と言うように青峰は怪訝な顔をする。



「お前が見えたからこっちまで来たんだよ。…で?お前はこんな時間に何してんだ?」


「…別に。」



青峰の足が一歩後ろへ下がったのが分かった。早くここから立ち去りたい、と言うように。不安の混じった瞳が若松の目から反らされた。



「…体調管理には気をつけろよ。お前何か顔色悪いし。」



まぁ、人に言いたくない事の一つや二つあるのだろう。妙な事に首を突っ込んでなければ別に良いのだ。



「とりあえず、今日はもう帰れ。」


「っ、」



そう若松は促すが、青峰の足は動かない。



瞳が揺れた。



「あお、」



「家、…帰りたくねェ。」