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4月。



バスケ部を引っ張ってくれた先輩たちが卒業し、ほかの部員たちはそれぞれ一つ上の学年へと上がった。赤点塗れの青峰がどうなることかと心配していたけど、桃井と桜井によるスパルタ勉強会のおかげで、なんとか留年を免れる事ができた。



もちろん春休み中も変わらず部活はあったわけだが、今日は心なしかみんなソワソワとしている。入学式が終わり、いよいよ新しい一年生の部活動参加が始まるのだ。暴力沙汰はなくなったが、ただでさえ手のかかるエースが居るため、せめて今年の一年は聞き分けの良いやつらであってほしいと若松は切実に願っていた。



…願っていた、のだが。そうそう自分の思惑通りにはいかないものなのだと、この後の数日間で改めて実感することになる。



「「よろしくお願いしますっ!」」



新入生はそれなりにバスケ部へと来てくれたが、果たしてそのうちの何人が残るのか。練習に耐えきれず、またはスタメンから落ち、辞めていく奴が何人もいるだろう。



若松は部員に指示を出しながら一年前を思い出す。



去年辞めていった部員の多くは青峰が原因だった。あれ程のプレイを見せつけられたのだ。おまけにあの性格。アイツの才能が悪いわけではないのだが、仕方のないことだったんだと思う。まぁ自分は辞める気なんて更々なかったが。



そんな事を考えながら、桜井に絡んでいる青峰に視線を送る。今では以前よりも関係は良好になってきたように思う。すると、若松の視線に気が付いたのか、青峰はふと顔を上げこちらへとやってきた。



「何見とれてんだよ。」


「アホか。んなわけねェだろ、さっさとウォーミングアップ始めろ!」


「…今日、遅刻しないで来たんだけど。」


「あ?当たり前だろうが。」



若松がそう返事をすると、青峰は何故か不機嫌そうな顔をしてコートの方へと戻って行った。…今の会話のどこに機嫌を損ねる要素があったのかと若松は不思議に思ったが、桃井に呼ばれたため一旦そこで思考が途切れた。



「で、どうだ?今年の一年の様子は。」


「うーん、今のところは何とも言えないですね…試合での様子も見てみないと。」


「じゃあ数日にわけて試合形式の練習も入れてみるか。」


「そうですね!」



わざわざ監督が引き抜きをした生徒だって居る。技術面ではそこまで問題のあるやつはいないだろう。



「主将、監督が言っていた彼は…」


「あぁ、アイツだ。」



若松はアップしている一年の中にいる一人を指差す。背も若松や青峰ほど高いわけではないし、至って普通の男子高校生に見えるが…彼があの原澤の今年の一押しなのである。



「楽しみですね。」


「かなりな。」



と、ドンっと背中に衝撃が走る。何やら背中にのしかかっているようだが…桃井は苦笑し、若松はイラつきながら後ろのソレに声をかける。



「青峰ェ…」


「何話してんの?」


「今年期待の一年生教えてもらってたの。ほら、あの子!」



青峰は若松の背中にのしかかりながら、一年の集団に目をやる。



「…若松サンもアイツに期待してんの?」


「そりゃあな。良い動きしてたし…、つーかテメェ早く降りろ!」



青峰は若松の最後の言葉は聞き流しそのままの体制で、ふーん…。と返事をすると何やら静かに考え始めた。何の嫌がらせかはしらないが、早く背中から離れてほしくて仕方がない。重い、疲れる。



「青峰!いい加減にっ、」


「さつきー、アイツの名前なんつーの?」


「っだぁぁぁ!相原だよ!おら、さっさと退けって!」



そんな二人の様子を見て笑いながら、桃井は手に持っていた書類をペラペラとめくる。



「相原啓(アイハラケイ)、ポジションはPG。」




ポイントガード。以前は今吉が就いていたが彼が抜けたため、このポジションに選ばれたのが相原だ。若松は監督とスカウトに行った際に少しプレイを見させてもらったが実際この桐皇のチームでどのくらいそれが強みとなるのか楽しみで仕方がなかった。



「へぇ。」



青峰は一言だけ発すると、若松の背中から離れ、転がったボールを持ってまたコートへと戻っていく。



「ったく、何なんだアイツは…」



顔を歪ます若松の隣で桃井は楽しげに笑みを浮かべた。



「青峰君、主将にすごく懐いてますね!」


「なっ…は!?いやいやいや、そりゃねェだろ!」


「そうですか?結構分かりやすいと思いますけど…」



あれが自分に懐くなんて到底あり得ないだろう。引っ付いてくるのだって単なる嫌がらせに決まってる。きっと手の込んだ難しい事が考えられないから嫌がらせの方法も単純なのだ。



とにかく今は部の状態が悪化しない事が一番だと、若松は部員達が練習する体育館を見回しながら強くそう思った。