部活が終わり、体育館に残っているのは若松と桃井、それから部活が始まる少し前に倒れた青峰だけとなった。
最初に青峰の目に入ってきたのは体育館の天井と、心配そうな、申し訳なさそうにも見える表情をした桃井の顔だった。
「…さつき?」
「あ、起きた!大ちゃんあのね、実は…」
焦ったように話し出す桃井を端に、青峰は体を起こす。足元には自分の物ではない、誰かのジャージが掛けられていて…そこで青峰は初めて自分の体に起きた異常に気が付いた。
「え。」
足が、ない。いや正確にはジャージが掛かっているため下が見えないが、明らかに自分の下半身があるであろう場所には床しかなかった。
「な、何だこれ…!!!」
慌てた自分の声も幻聴でなければやけにトーンが高い。目を覚ました時はぼんやりとしていて頭が回っていなかったが、今ならはっきりと分かる。
「ご、ごめんね、それが…えっと、」
真っ青になり声を荒げた青峰は恐る恐るジャージをめくる。…足はちゃんと指先まで存在していた。ただ、細くて短い。よくよく自分の体を見渡せば何かがおかしい。腕だってひひょろいし手も小さい。
「…は?」
混乱状態の青峰を見て、桃井は控えめにポーチから鏡を取り出して差し出す。
覗き込んだ鏡の中に映っていたのは、4.5歳くらいの頃の自分自身だった。
「ってわけで、倒れたと思ったらいきなり小さくなっちゃったの!」
ジャージは若松の物だったため、回収しに来た彼と並び桃井は話し始めた。
「お前の手作りだって知ってたら絶対食わなかったのに…アンタも止めろよ。」
「テメェが勝手に食ったんだろ。」
「ごめんね…」
まさか自分のビタミン剤がこんなミラクルを起こすとは予想しなかったであろう桃井は、すっかりへこんでしまっている。もちろん戻る方法だって分からない。
「ま、そのうち戻んだろ。」
当の青峰は切り替えも早く、もうさして気にしていない様子である。ただ一つ不満があるとすれば、この体ではバスケが思うようにできない事だ。
「ホントにごめん…」
「さつき?」
桃井は俯き肩を震わせている。まさか、責任を感じて泣いて…と、若松は見守っていたのだが、
「ごめんね…大ちゃん、可愛すぎー!!!なつかしー!!!」
いきなり発狂したかと思えば、むぎゅっと青峰を抱きしめた。泣いているわけではなく、どうやら高ぶる気持ちを抑えきれず震えていただけだったようだ。
されるがままになっている青峰を見ながら若松は思う。確かに桃井が騒ぐのも分かる。普段はムカつく仏頂面も今の姿では可愛らしいことこの上ない。声も低くなく明らかに変声期前だ。あの暴力男にもこんな時代があったのかともはや感心の域である。
「けどこれからどうする?まだ学校もあるし…」
出来れば大事にはしたくない。珍しく部活前に青峰が来たため、奇跡的に縮んだところをほかの部員に見られずにすんだ。一応監督と桜井には事情を話しておいたが、ほかの奴らには青峰の親戚の子が遊びに来たのだと(とりあえずみんな納得していたが)信頼性の欠片もない説明をするはめになってしまった。
「とりあえず大ちゃんのお母さんには私から連絡しておいたんで、学校の方は何か理由をつけて欠席扱いにしてもらいます。」
「はぁ?いつもサボってんだからいちいち理由なんていらねーだろ。」
「おまっ…出席確認は毎日するし、バレたら面倒だろうが!」
結果。今後についての話はほぼ若松と桃井でまとめ、とりあえず青峰は体が戻るまで自宅待機となった。明日は運の良いことに土曜日であり授業さえどうにかなれば(部活はもちろんあるが)休日へと突入なのだ。数日様子を見て戻らなければ本格的に対策を考えなければならないが、その時はその時である。
「若松主将、大ちゃん連れて帰りますね。迷惑ばっかりかける形になってしまって本当にすみません…」
「気にするなって、今日はお前もゆっくり休めよ。」
「はい…!じゃあお先に失礼します。」
「・・・。」
自宅へ戻ることに気が進まなさそうな青峰を、桃井はずるずると引きずり体育館を出て行った。
「…どうすっかなぁ。」
いつまで続くか分からないエース不在という事実は、主将という立場の若松に重くのしかかった。