「ふふっ、でーきた!」
夜中のキッチンに人影が一つ。ピンク色の髪をした彼女は、手にした小さな塊を高く掲げながら嬉しそうに笑った。
「何だこれ。」
若松は桃井のいつも所持しているファイルの傍らに、付箋のついた謎のケースを見つけた。
『BMS』
「びーえむ、えす?」
ここにあるという事は桃井の物だろう。可愛らしいピンク色のケース。若松はクラスの女子がこういう物に入った化粧品の類を持っていたのを思い出した。桃井が化粧をしていた記憶はないのだが、しなくても女子はこういうのを持ち歩くのかと、若松はケースを手にまじまじと見つめた。
「あ、若松主将!それ…!」
と、後ろからどこかへ行っていたであろう桃井の声が聞こえ、若松の体がびくりと跳ねた。
「それ、まさか食べちゃったりとかしてないですよね!?」
「お、おぉ…え?食べるって、これ、化粧品とかじゃねーのか?」
「え?違いますよ、私化粧しないですし。…えっと、ビタミン剤みたいなものです!」
言われてみれば、確かにケースの中からカラカラと小さなものが転がる音がした。若いうちから健康に気遣って…さすがだな、と若松は内心関心していたが、桃井から出た言葉は意外なものだった。
「これからも暑い日が続くとみなさんビタミン不足になるんじゃないかと思って、ちょっと自分なりに考えて作ってみたんです!」
錠剤を一つ取り出し桃井は活き活きと話す。しかしそれを聞く若松の顔はどんどん青ざめる。自分で作ったと彼女は言った、部員に飲ませるために。手作りなのだ、桃井の。部員一同桃井の料理の下手くそさは重々承知している。(まぁ今回は料理とは言わないが…)
「ビタミン剤桃井スペシャル、略してBMSです!」
そうか、すっかり付箋の事なんて忘れていたが、それはそういう意味だったのか。
「なぁ桃井…その、もしかして今飲めって事なのか?」
先ほど取り出した一粒をさぁ飲め!と言わんばかりに差し出しているのだ。
「是非お願いします!」
キラキラとした眼差しで見つめられ、若松は崖っぷちへと追いやられる。だが、自分が今飲まなきゃ結局ほかの部員が飲むことになるのだ。仕方がない、ここは主将として、と覚悟を決めると若松は嫌なオーラの漂う(ビタミン剤らしい)錠剤に手を伸ばした。
「何これ、ラムネ?」
若松の口へと運ばれるはずだったソレは後方から伸びてきた色黒の手によって阻止され、進路が変わり彼の口の中へと運ばれる。
「あ、おい!馬鹿、お前それ…!!」
「 ? 」
焦って止めたがもう遅い。桃井の特製ビタミン剤は青峰の体の中へと消えた。
「あ?これ味しねーじゃ…ん、」
「青峰…?」
怪訝な表情を浮かべ突っ立っていた青峰の体が徐々にふらつき始める。
「んだコレ…っ」
「大ちゃん!?」
青峰はがくりと膝を着いたかと思えば、そのまま床へと倒れ込んだ。
「ちょっと大ちゃ、…え?」
「…どうなってんだ。」
若松と桃井は目の前の青峰に起こる異変に目を見張った。