※「雨が降る」の続きとなります。一応こちらはハッピーエンドですので、シリアスでの終わりを希望されていた方は閲覧注意。
俺もそろそろ戻らねぇと。
空を見上げていた若松が視線を下ろしたのと同時に目の前のタオルがぴくっと、小さく動いたような気がした。
見間違いかとも思ったが、もしやと様子を伺う。すると今度ははっきりと、タオルがもぞもぞと動いた。
まさか。
手を伸ばして布をゆっくりとめくると、目を少し開いてぼんやりしている子猫が一匹。
「お前、生きてたのか。…悪かったな、死んでるなんて勘違いして。」
「…ミー。」
ほっと息をつき、笑って猫の頭を撫でてやる。と、左の後ろ脚にある傷が目に入った。見たところ大した怪我ではなさそうだ、この程度なら部室にある救護用具で間に合うだろう。
若松はそのままタオルごと猫を抱え、腰を上げた。
小さな黒い塊は酷く暴れもせず、時折もぞもぞと動きながらも大人しく抱かれている。明日この猫の姿をアイツに見せてやろう。元気に生きていると知ったら、一体どんな反応をするだろうか。
さすがに寮に動物を入れるわけにはいかず、若松は部室にあった小さな段ボールに手当の済んだ子猫を入れた。朝一番に自分が来るまで誰も入る事はないから問題はないだろう。
コンビニで買ってあった牛乳を皿に注ぐ。ちなみにこの皿は先日部室で雨漏りが起こった際に一時的に受け皿として使い、そのまま部室に放置されていたものである。
「たっぷり飲めよ。」
よほど空腹だったのか、子猫の牛乳を飲む勢いは止まらない。せっかく買ってきた若松の牛乳はがっつく猫によって大分減ってしまったわけだが、まぁこういうのも悪くはない。
皿の牛乳を全て飲み干すと、子猫は満腹になったのかうとうととし眠り始める。その様子を見届けると若松は部室の鍵を閉め、寮の自室へと戻った。
翌朝。部室へ行くと、子猫は隅にあったボールに興味を持ったのかコロコロと転がしており、後から来た桃井やほかの部員達が可愛い可愛いと連呼しながら、朝練が始まるまで一緒になって遊んでいた。
そして肝心の青峰はというと、練習が終わる間際にひょっこりと体育館へやって来た。
「青峰ェ!てめぇサボってんじゃねーぞ!」
「うっせーな。あ、良ー、今日の一限英語だろ?宿題写させて。」
「そ、それは自分でやった方が…ひぃっ!ス、スイマセン!見せます!で、でもその前に…」
桜井はちらりと若松に視線を送る。
「…青峰!」
「んだよ。」
「ちょっとこっち来い。」
部室へ向かう若松の後を、不思議に思いながらも青峰は着いていく。
「何、説教?今から着替えろとかねェよな?」
「違ェよ。…おら、アレ。」
ガチャリと部室の扉を開けると、若松は青峰に中を見るように促す。
「だからなんっ…、え。」
固まる青峰の目に映るのは、昨日道端に倒れていた子猫。
「ミャー」
着替えを済ませた部員達と一緒に体育館へ行きたそうにしていたのだが、さすがに練習中は危ないだろうと部室に居させたのだ。
「なんで…、」
「怪我はあったけど、気ィ失ってただけだったんだよ。」
「…ホントに、昨日の?」
「俺が拾ったんだから間違いねェだろ。」
そう言うと、青峰は子猫の方へと歩み寄る。昨日伸ばしかけて宙に浮いた手の平は、ぽすんと猫の頭へ置かれた。
未だボールで遊び続けている猫を構い始めた青峰を尻目に、若松は練習に戻ろうと部室の扉に手をかける。
「…若松サン。」
「何だよ?」
「・・・っ。」
少し言葉を発しかけたところで、青峰は口ごもる。
「おい、」
「…ありがとな。」
ぽつり、と小さな声だったが、若松の耳にははっきりと届いた。顔を背けているため表情は見えないが、色黒の奴の耳が心なしか赤く染まっている。意外と素直なところもあるんじゃないか。
「朝練終わるまでだからな!一限サボんなよ!」
「えー。」
態度は傲慢だが何だか普通の高校生らしい一面に、若松はフッと笑みを浮かべる。
青峰や若松を初めとし、都合の良い事に猫嫌いも居なかったため結局みんなこの子猫に愛着が沸いてしまい、部で飼おうと監督を説得するのはまた別のお話。