忍び寄る




ガコン、



WC6日目。客の歓声を聞きながら、若松は自販機から飲み物を取り出した。まもなく洛山vs秀徳の準決勝が始まる。桐皇は初戦敗退、正直まだその事実を受け止められない気持ちも心の隅にはあったが、それは試合を見に行かない理由にはならなかった。もちろん、青峰を含めたレギュラーメンバーも同じ気持ちである。


買ったばかりの冷えたお茶に口づけ数口ほどばかり飲んだところで、若松は真後ろに立つ威圧的な気配に気が付いた。



「なぁ、アンタが若松コースケ?」



印象的な赤いジャージ姿ではなかったが、昨日見たばかりの特徴のあるドレットヘアに声を掛けてきた男が誰なのか、すぐに分かった。



「…灰崎、だよな?福田総合の。」


「へぇ。よく知ってんじゃん。」


「昨日の試合、見てたからな。…で?一体俺に何の用だ?」



期待通りの問いかけと言わんばかりに、灰崎の口角がにやりと上がった。嫌な汗が一気に若松の背中を伝う。別に何かされたわけではないが、ただ警告音が頭の中で鳴り響いている気がした。



「なぁ、」



ぐっと二人の距離が近づき、一気に間合いを詰められた若松の身体は分かりやすく固まった。早く距離を取らなければ。しかし背に当たる自販機の感覚と、まるで飢えた獣のように自分を射抜く瞳に、"逃げる"という選択肢はとうに打ち消されてしまっていた。



「桐皇学園の新しいキャプテンって、アンタなんだよなぁ?」


「…あぁ。」



一瞬返答に迷ったが、もう主将は今吉翔一ではない。自分へと引き継がれたのだ。しかし、何故それを灰崎が知っているのか。情報の出まわる速さに若松は眉を寄せる。



「俺が桐皇の主将だ。」



相手は年下である。先ほどからの物言いに対する不満も含め負けじと睨み返せば、灰崎は少し目を丸くし込み上げたものを吐き出すように笑い始めた。



「…何がそんなにおかしい?」


「はっ…いや?アンタみたいに威勢の良いタイプ、好きだぜ?」



再びにんまりと笑みを浮かべた灰崎は、おもむろにポケットから携帯を取り出し数回操作すると、若松にそれを見るよう促した。



「何だこれ、動画………っ、!?」



再生された画面へ視線を落とした若松の表情が凍りついた。たった数分にも満たない動画だが、そこには遠目だが目の前の男を殴る青峰がはっきりと映っている。



「これっ…」


「チームメイトの不祥事は、もちろん責任とらなきゃだよなァ?主将サン?」



目の前で揺らされる携帯。
ケラケラと楽しげに喉を鳴らす灰崎とは裏腹に。さっき潤したはずの若松の喉は、嫌というくらいに乾燥していた。









あとがき
書いてみたかった灰若、からの青若になると良いなぁ。灰崎くん嫌いじゃないんだよ、扱い酷くてごめんなさい。続きは未定で(笑)若松さんならこんな脅しに屈しないかな。でも意外と一人で抱え込んじゃうところもありそう……妄想が広がります(笑)
はい、ここまでお読み下さりありがとうございました!