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"いや、遠回しっていうかさ…わざわざ俺誘う必要ねーだろ?"


"……そうかよ。ならいい、別の奴誘うし。"


"お、おう…そうしとけよ。"





ふーっ、と若松は長く息を吐き出した。軽く放ったボールが綺麗な半円を描きながらネットを通過する。今日は世間ではおめでたい12月24日。毎日のように部活尽くしで彼女もいない若松にとって、やはりこの日も行き着く先はバスケだった。


青春を謳歌する高校生に天が味方でもしたのか。たまにの部活休みがよりによって今日に当てられたため、この体育館は若松の貸切状態。本来未開放の場所を借りるのには前もって手続等が必要となるのだが、すんなりと事務員が通してくれたのはやはり主将という肩書と、若松自身の人柄のためなのだろう。



「今頃水族館デートなんぞしてるヤツもいんだよなぁ。」



ここでぼやきながら自分とアイツを比べたところで現状が変わるわけもない。一瞬悲しげに揺れた青峰の瞳があれから何度も脳裏をよぎったが、何も言ってこないところを見ると一緒に行く相手がほかに出来たのだろう。めでたしめでたし、……そう思う若松だったが、心の隅に自分でもよく分からない小さな蟠りを感じた。



「…一旦練習終わりにすっか。」



冬休みの宿題として出された課題にも今日の内に取り掛かりたいし、また午後から練習を再開しよう。頭のなかでスケジュールを確認しつつ、ボールを片付け始めた時だった。若松の耳にバーンっっっ!!!!と大きな音がこだました。体育館の扉が思い切り開かれたのだ。



「若松主将!」



なんだなんだと用具室から慌てて顔を覗かせれば、そこにいたのは今まさに幼馴染以外の先約男とデートを楽しんでいるであろう、桃井さつきだった。



「え、も、桃井!?なんでここに…!?」



呆ける若松を余所に桃井は早足で歩み寄ってくる。



「何してるんですか!」


「な、何って練習だけど…」


「今日は青峰君と水族館行く予定でしたよね!?」



何故その話を彼女が知っているのだ。そもそも何故ここに彼女がいるのかさえ若松はまだ理解できていない。とにかく状況を把握しようと、懸命に思考回路を働かせた。



「若松さんと出掛けるの楽しみにしてたのに…また喧嘩ですか!?」


「は…いや、え?」


「青峰君に聞いても何も答えてくれないんですもん!イブなんですから!今日くらい二人とも意地張らないで、」


「ちょ、待て!ちょっと待て桃井!」



止めなければまだまだ話し続けそうな桃井の言葉を、混乱しながら受けていた若松は我に返り遮った。



「何勘違いしてんのか分からんが、俺は別に青峰と喧嘩なんかしてないぞ?」


「え?」


「そもそも今日俺は青峰と出掛ける予定じゃないし、アイツほかの奴誘えたみたいだったから、」


「ええええー!?!?」



驚いたような、呆れたような。微妙な顔をしながら桃井は声を上げた。



「なんですかそれっ!私、青峰君が若松サンとどうしても出かけたいって言うから水族館の限定チケット手に入れてきたんですよ!?」



「……俺と、出掛けたい?青峰が?」



ふと、若松は青峰としたこの前の会話のやりとりを思い返していく。まさか、この予想が間違っていなければ、自分はとんだ勘違いをしていたのではなかろうか。



片方のチケットは俺の分で、一緒に行くのだと。…そうだ、確かにそう言っていた。実に信じがたい話だが桃井の言っていることが事実であるならば、勝手に勘違いして話を横道へと逸らしたのは間違いなく若松だった。



「最初から、俺と行きたいってことだったのか……」



信じられないとばかりに唸り始める若松に桃井は苦笑を返した。



「青峰君、あぁ見えて大分主将に懐いてきてると思いますよ?」


「そうかぁ?」


「はい。今からでも間に合います!どうせまだ部屋で拗ねてるんで、行ってあげてください。」



あとのことはやっておきます、と伸ばされた桃井の手に鍵を乗せ、若松は扉へと駆けだした。



あの悲しげな瞳の原因は自分だった。今思えば青峰が投げやりになったのも分かる。あれじゃあ自分がとにかく拒否してるように捉えてしまうだろう。



まずは誤解を解くところから。



若松は階段を駆け上がり、青峰の部屋を目指した。