ホワイトデーから一週間。普段の学校生活では顔を合わせないよう過ごすことは出来るが、もちろん毎日のように部活動はある。結果、どうしても互いに顔を突き合わせてしまう事になる若松と青峰の間には妙な距離が出来始めていた。部活に私情は挟めない。若松は青峰にそう忠告したし、自身でもきっちり心構えをしながら対応していたはずだった。が、やはりまだ大人になりきれない子供の身。どこかに限界はあったようでどことなくチグハグとした雰囲気が部員達にも伝わってしまっているようだった。
あんなに若松に張り付いていた青峰が必要最低限の会話しか行わず、例え自然に距離が近づいてしまったとしても分かりやすく若松から距離を取ろうとしている。それはプレイ中でも顕著に表れてしまっており、青峰に限って有りえないような場面でミスをする様子も度々見られた。
このままではチーム全体に、また試合に影響を及ぼしかねない。そうなってしまえばあまりむやみに口を挟まない監督だって黙ってはいられないのだ。
「では、アナタも重々分かっているとは思いますが、頼みますよ。」
「っ、はい!」
部活終了後。ミーティングと称して原澤に呼び出された話の内容は、若松の予想通りの事項だった。あんな状態で監督が何も言いだしてこないはずがない。しかし若松自身が手を打とうとしたところで、いくら考えてもどうすることが最善策なのか全く分からなかった。
「はぁ。…君たちは遠回しにどうこう出来るようなタイプではないでしょう。」
話し合わずして、ぶつからずしてどう解決するのか。原澤の目はそう言っているようだった。青峰とのコミュニケーションはいつだって真っ直ぐな言葉で、互いに空気を読んで偽りの関係を見せろという方が無理だったのだ。
「この時間に行くのは抵抗あっけど…早ェことに越したことはねーよな。」
若松は原澤に頭を下げ、先に部室を出て行った青峰を追いかけるように学校を後にした。
「え、まだ帰ってない?」
申し訳なさそうに眉を下げる青峰の母に若松は多少驚きながらも、気にしないでくれと笑った。先に学校を出たはずの青峰はまだ帰宅しておらず、どうやら真っ直ぐ家へは向かわなかったようだ。せっかく来ていただいたのにと謝る彼女に一礼し、自分は思い当たる場所を探してみるのでもし帰ってきたら連絡を入れてほしいと伝えた。きっと奴が行く場所なんて、限られているだろう。
若松がそこへたどり着くと、ダンッ ダンッ と、耳に馴染んだ音が聞こえた。向かった場所は、ストバスだった。絶対にいるなんて確信を持っていたわけじゃないが、一番先に思い浮かんだのがこの場所だった。風を切り、ゴールへと吸い込まれるように入るシュートは何度目にしていても魅入ってしまう。どの位動いていたのか、少し息の切れる背中に、若松は近づいた。
「家に帰ってねーと思ったら、こんなとこに居やがったのか。」
「!、若松サン。」
声を掛けることでやっと若松の存在に気付いた青峰は、驚いたように振り向き、そして目が合えばすぐに目線を下方へとずらした。
「やっぱいくらお前がだんまりでも、あのまま時間に任せて解決しようなんて考えは良くなかったよな。」
「っあれは、…俺が悪かったんだよ。一方的に避けたから。」
あの青峰の口から謝罪の言葉が零れるとは、珍しいこともあるものだ、と若松は胸の奥で感心してしまう。しかし確かにその通りである。バレンタインにチョコをせがまれ、それに若松は答えた。だが、期待してろと言ったホワイトデー。いきなり青峰の態度が一変したのだ。そこに腹を立てたのはもちろんだが、正直怒りよりも困惑の方が若松の中では渦巻いていた。
「なぁ、そろそろ話してくれねーか?」
ホワイトデーの日。何故最近しっかり出ていた部活を授業共々サボったのか。何故自宅を訪れた若松に無言を貫き通したのか。あの後桃井に尋ねてはみたが、彼女は自分の口からは言えないと、困ったように笑うだけだった。
「・・・。」
「あの日、何かあったんだろ?部活が嫌になったんじゃねーよな?」
青峰の頭がこくりと縦に揺れる。
「具合が悪かったって感じでもなかったよな?」
少し間を空けて、再びこくんと頷いた。
「じゃあ、…俺が原因か?」
ぴしり、と効果音が聞こえてきそうな程分かりやすく、青峰の身体は反応を示した。それは肯定と取るべきだろう。
「はぁー…やっぱりか。」
顎に手を当てながら、若松は一週間前の記憶を遡った。きっと何か気に障るようなことがあったのだろう。しかし何度思い返してみても心当たりはない。なんせ若松は青峰の自宅を桃井と訪れるまで、その日彼とは一度も顔を合わせてなかったのだから。
「別にアンタは何もしてねーよ。俺が、勝手に気にしたっつーか…」
考え込む若松に答えを返すよう、青峰は口を開いた。
「そういう意味だ?」
「……俺さ、休み時間にお返し渡そうと思って、若松サンのクラス行こうとしたんだ。」
「へ?あ、てっきりソレは用意してなかったのかと…」
「はぁ!?したに決まってんだろ!」
まさか本当に発言通り、律儀にお返しを用意していたとは。あの青峰がなぁ…と何とも言えない気持ちに浸ってしまう。しかし、ならどうしてソレが若松の手元へと渡らなかったのだろうか。
「でも、ちょうどアンタが女子にプレゼント渡してるとこ見ちまって、…なんかすっげーモヤモヤしたから帰った。」
「……は?」
青峰の言葉に思わず若松は呆け顔をさらした。彼の機嫌を損ねさせ、更には部活にも出ず自分と口を利くのも躊躇うほどの要素を、今の説明からは全く見出すことができなかったからだ。女子にホワイトデーのお返しをしたことが原因なのだろうが、それは青峰には関係のない話であって…
「なぁ、あの女子に貰ったチョコ、本命だったのかよ?」
青峰はあの時の女子の事を聞いているんだろうと流れですぐに分かった。……あ?そこで若松はピンッと一つの可能性に思い至った。
「青峰、安心しろ。」
「え?」
「確かにあの子にはチョコの礼を渡した。けどな、同じ委員会のメンバーみんなに作って来てくれてさ。だから別に本命なんかじゃねーよ。」
話しを聞きながらあからさまにほっとする青峰に、若松は内心うんうんと頷いた。なるほど、そういうことか。まぁ確かに思春期の高校生で彼女が居るやつを羨ましく思うのはよくあること。犬猿の仲である俺に自分より先に彼女が出来てしまうのが嫌だったんだろう。別に張り合うことなんてないのに。まさかこんなことで機嫌を悪くされるとは。
「ちなみに本命はあの子以外でもなかったぞ!」
「そ、うんなんだ…」
「これで気が済んだかよ?」
うん、と首を振る青峰に自然と笑みが零れてしまう。理不尽な話だというのにまだまだ考えがお子様な青峰に対して、仕方ないなと大目に見てしまっている自分がいた。
「で?俺結局お返しもらってねーけど?」
「あ、あー…悪ィ。自分で食っちまったから、また作る。」
「え?作る?」
「っ!?な、なんでもねーよ!!!コンビニで肉まんでもおごってやるよ!」
「あ!おい待てよ、作ったって…まじかよっ!?」
「うっせー!!!」
翌日、仏頂面の青峰から受け取った可愛らしい箱の中には、不格好なクッキーが入っていた。ところどころ焦げていて、見るからにおいしそうとは言えないそれを一つ口の中へ放り込んだ。苦いはずのその味の中に癖になる甘さを見つけた。
練り込まれた特別な隠し味に、今はまだ気づかない。