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「ん。」


「なんだこれ……水族館?」



ひらりとチケットを差し出しながら、青峰はこくこくと頷いた。昼休みの廊下で、唐突に呼び止められ驚いた若松だったが、興味の対象はすぐに目の前のチケットへと移された。大きなイルカのシンボルの横には"Special Pair Ticket 12/24"の文字がゴールドカラーの綺麗な字体で表記されている。ちなみにこの日はちょうど今日から一週間後にあたるのだが……何故この紙切れが自分へ向けられているのだろうか。



「コレ、くれんのか?」



まさか、思ったがほかに理由が思い当たらないため、驚きを含んだ言葉と共にチケットから青峰へと視線を戻した。しかし一気に眉間のシワが増し、その表情が不機嫌そのものへと変わったことで自分の考えは外れていたのだと若松は直感した。



「ちがう。」


「うん?」


「俺と、…アンタの分。」



そうか、俺とお前の分か。もう一度紙面をよく見てみよう。……若松の認識に間違いはない。やはり何度見てもペアご招待チケットだった。こういうモノはあれだろう、カップル専用的なもののはずだが。



若松は困惑しながら自分と青峰を交互に指差す。話がまるで通じていない様子に青峰は少し苛立ちながら答えた。



「だからそうだって!俺ら二人で行くっつってんの!」



予想していなかった勢いに、若松は少々面食らった。何故犬猿の仲のこの男と、二人仲良く定番中の定番のデートスポットへ行かなければならないのか。おまけに12月24日ときた。好きな異性や恋人と一日を送る最大イベント当日である。



「…クリスマスイヴだぞ?」


「おう。でも人数制限あっからそんな混まねェよ、ダイジョブダイジョブ。」



違う。確かにあまりの人混みは勘弁だが、若松の言いたかったのはそこじゃない。なんだってそんな日にわざわざ仲良くもない同性の自分に……、そこまで考えた若松の頭にある可能性が浮かんだ。



「お前なぁ、こういうのはもっと早めに誘わねーと先越されちまうもんだぞ?せめて一月前には声かけねェと。」


「は?……アンタ予定入ってんのかよ?」


「いやいや、俺じゃなくてだな!桃井だろ?一緒に行く予定だったやつ。」



これだから俺様は。きっといつも付き合ってくれるはずの桃井に先約が入ってしまったのだろう。彼女の大好きな黒子か、確率は低いが他の男か。幼馴染って立場に甘えて油断しているから痛い目を見るのだ。



「はぁ?さつきィ?」


「断られたのかその前に砕けたのかは知らねェけどよ、何も自棄になって俺と行くことねーだろ?」



若松は声を荒げず諭すように言葉をかけてみたのだが、青峰は唇をきゅっと結び微動だにしない。



「おい、青峰?」



黙り込んでしまったこの男をどうするべきか。よほど桃井と行けなかったことがショックだったのだろう。若松は、自分と一緒に行くという自暴自棄になった青峰の発想を何とか通常の思考回路に戻すべく、言葉を選び紡ぎ出した。



「ほ、ほら、お前なら一緒に行ってくれるやつが他にもいるだろ?意外とモテるんだしさ?」



そう、青峰はモテる。暴君で我がままでムカつく野郎だが、顔は悪くないしバスケも上手い。ちょっと近づきにくいがそれでも女子が放っておくわけないだろう。なんせ今回は桃井というほぼ(無自覚な)鉄壁に近い幼馴染もいないのだから。



「さすがに桃井ほどの理解者はいないとしてもさ、お前のことちゃんと見てくれる子だっていると思うぞ。…ほら、女子じゃなくてもさ桜井とかクラスの奴と行った方がきっと楽し、」


「なぁ。」



若松の言葉を遮るように、今まで沈黙を貫いていた青峰が声を上げた。



「それ、遠回しに行きたくないって言ってるつもり?」



若松は真っ直ぐ自分を射抜く青峰の鋭い視線に、一瞬たじろく。ただ、拗ねたような怒りの中に、少しだけ悲しく揺らぐ瞳が垣間見えたような気がした。