「あら、いらっしゃい。青峰君ならぐっすり眠ってるわよ。」
音を立てないよう静かに保健室へ入ってきた若松に、保健医は小さく笑った。
「熱も少しあったけど、もう下がってると思うわ。」
「…なら、良かったっす。」
すっ、とカーテンを退ければ、規則正しい寝息を立てて眠る青峰がいる。顔色は地肌のおかげでいまいちよく分からないが悪くはないのだろう。
「ちゃんと彼と話せたのかしら?」
ぽつりと零されたその言葉に、若松は何も返せなかった。
頼ってほしい。
認めてほしい。
もっと自分を、仲間を信じてほしい。
言いたいことは口を開けばもう零れそうな位置にある。しかし、言ったところでどうなるというのだろう。あの青峰のことだ。何を馬鹿なことを言ってるんだと、どうせ鼻で笑って拒絶されるのがオチである。
それが、どうしようもなく怖かった。
「、ん…」
小さく漏れた青峰の声で、若松は無意識に彼の頬に触れていたことに気がつく。もぞもぞと動き始める青峰を見て、慌ててベッドから距離を取った。
「あ、俺、もう行きます。青峰のこと、ありがとうございました。っ、じゃあ。」
「えぇ。」
扉が静かに閉まったと同時に、ゆっくりと、青峰の瞼が開いた。
あぁ、あの手だ。
眠りの中で、探し求めていた温もりが青峰を包み込んだ。暖かくて、優しくて、心地よいソレに、一瞬で虜となる。
あれ。
じゃあ、さっきのは?
さっき俺の額に当てられたあの手の平からも、同じ熱が伝わってこなかっただろうか。
だとしたら、俺が探していたのは、
きっと―…
「青峰君?目が覚めたのね、気分はどうかしら?」
ぼんやりと天井を見上げる青峰の耳に保健医の声が優しく流れ込んだ。しかし、今はそれに意識を向けている場合ではなかった。
「若松、サン…?」
間違いない、あれは彼の手だった。何故あの時違和感の正体に気が付かなかったのか。
「なぁセンセー。若松サン、来てたよな?俺が寝てる時。今だけじゃなくて、この前もあの人ココに居たんじゃねーの?」
保健医は困ったように笑うだけで、何も言おうとはしない。けど、それだけで充分だった。青峰は上履きを引っかけ扉へ向かうと、くるりと振り返った。
「ありがとーございました。…多分、今日からよく眠れる。」
ニッと笑みを見せて部屋を出て行く青峰に、保健医はくすくすと笑いを返す。若松は何やら深く考え込んでいるようだったが、彼が思っている以上に青峰は若松に対して心を開き、歩み寄っているように見えた。
「っ若松サン!」
規則を破り廊下を駆け抜けた先には、体育館へと向かって歩く若松の背中があった。
「、青峰!?」
寝ていたはずの後輩の登場に、若干うろたえながらも若松は青峰と向かい合った。
「若松サン。」
ずかずかと近づいてきた青峰は、そっと若松の手を取る。何かを確かめるようにぎゅうぎゅうとその手を握ると、安心したような吐息を零した。
「やっぱりアンタか。」
一瞬、は?というように不思議そうな表情を見せた若松だったが、その意味をすぐに理解したのか色白の肌がどんどん赤みを帯びていく様子が分かった。ウーだのアーだの、目の前の相手を直視できず単語にならない言葉を繰り返す若松に、青峰は無理矢理視線を合わせた。
「なぁ、」
「っ、…んだよ。」
「俺さ、多分アンタが思ってる以上に……アンタのこと信頼してっから。」
若松は驚くように青峰を見つめた。"信頼"。欲していたその言葉が、すとんと胸に落ち着いた。自分が気づかなかっただけで、彼はもう変わり始めている。何もせずただあの頃のままでいるのは、自分の方だったのかもしれない。
青峰が踏み出した一歩。なら、俺も一歩近づいてみようじゃないか。
「青峰。お前明日の昼休みは…その、暇か?」
「お、おう?ほぼ屋上にいっけど…」
「俺と、昼飯一緒に食わないか?」
きっとココが、不器用な僕等の出発点。
聞きたいこと、知って欲しいこと。
まずは何から話そうか。
((君色に染まる、そんな日常を期待して。))