絶倫Angel-X-

かな陽が注ぐ国


「で、貴女が私の従者、ということでいいのかしら?」
「は!」

広い海を眺めながら、シャルロットは背後で跪く金髪の女性に声を掛けた。
この地に降り立ち一番に浜辺へとやってきた。心地いいさざ波を聞きながら、ふと何者かの気配を感じて構えを取る。腰に携えたレイピアにいつでも手を掛けられるよう意識し、その何者かの動向を探るべく集中する。
するとその気配の持ち主は、音を立てて砂浜に片膝を付き、大袈裟なまでに大声を張り上げてシャルロットの背に向けこう言ったのだ。

「我が女王陛下!天使セシリア、貴女様にお仕えする為、天界より只今参上致しました!」

その第一声に、流石のシャルロットも呆気にとられた顔をしながら何事かと振り返った。
それがつい先ほど、従者云々の確認をする前のことである。

「突然女王陛下だの天使だのと言われて、正直頭のおかしい先住民でも現れたのかと思ったわ」
「申し訳御座いません女王陛下!出来る事なら私が先にここへ降り立ち、周囲の安全を確認してからお出迎えをしたかったのですが…」
「貴女天使なんでしょう?私のような“統治者”より断然位は高いんだから、そんなに畏まらなくていいのに…というか大袈裟だからやめてほしいんだけど…」
「いいえ!私が天使であろうが何であろうが、貴女様に仕える身であることには変わりありません!よって、私が貴女様に対し同等の振る舞いをする等出来るわけがない!というよりする気もありません!」
「そ、そう…」

なんだかよく分からないが、とにかくこの天使は随分とシャルロットに平身低頭であった。シャルロットも言った通り、天使はシャルロット達“統治者”より格上である。それがこの態度であるから、当然ながら格下のシャルロットは大層驚いたしだいぶ引いた。
まあしかし、大人しく自分に従ってくれると言うならそれはそれで有り難い。天使のような力のある者が傍にいれば、多少の困難はなんとかなるはずだ。一国の支配者になるわけだから、それなりに苦労もするだろうし障害だってあるだろう。そんな時“統治初心者”の自分だけでは心許無い。

この際、大袈裟な身振りと言動は我慢しよう。

「ええと、セシリアと言ったかしら」
「は!」
「………あぁ、ええと………私はまず何から手を付ければいいかしら。如何せん初心者なものだから勝手が分からないの。ここにはまだ“国”と呼べるモノもなければ人間もいないみたいだし…」
「それならばこのセシリアにお任せを!まずは女王陛下の住まう城を拵えて御覧に入れましょう!」
「城?ああ、私一応スペードの女王だったわね…なんだか慣れないわね、女王って…」
「女王陛下はどのような城を望まれますか?わたくしめが女王陛下の望まれた通りのものをご用意いたしますが」
「そうね…それなら…」

シャルロットの頭の中には様々な城のデザインが湧きあがった。そのどれもがファンシーで可愛らしい御伽噺の世界の物のようで、色合いもパステル調の甘い雰囲気でバッチリ纏まっていた。しかしある程度考えてハッと我に返る。これは国の象徴となる建造物だ。可愛らしさやファンシーさなど不要も不要。もっと威厳のある佇まいで、風格もあって、それでいて親しみやすくて“如何にも”な感じで…。

「女王陛下、このような仕上がりで宜しいでしょうか?!」
「え?ちょ、キャーーーーーーッ?!な、なんでこんなに可愛らしくしたのよ?!わ、私が思い描いていたのはもっとこう古風な感じでそれでいてあのそのっ!」
「はっ!まさかお気に召しませんでしたか?!申し訳ありません我が女王陛下っ!天使セシリア一生の不覚ですっ…!」
「あっ、いやっ、でもまぁこれでもいいわっ!し、仕方ないわよね?だってもう出来ちゃったんですもの!そうよ、これでいいのよ!仕方ないからこれで我慢してあげるわっ!ほほほほほっ!」
「ははぁっ!なんとお優しい…っ!流石は我が女王陛下!女王陛下万歳っ!」

シャルロットは出来上がった城に内心飛び上りたい気分だった。なんてったって、自分が一番最初に思い浮かべた城が、その通りの姿でそこにあるのだから。
浜辺から臨める遠浅の海に浮かぶ島。そこには木々が生え、花が咲き乱れている。その中心にうっすらと薄い水色に染まった城があり、屋根は少し濃いめの水色で染られている。まるで頭上に広がる青空に同化してしまいそうなその城の姿は、どことなく、いや、8割くらいシン○レラ城に似ていた。
そしてその島から伸びる石橋は、シャルロットとセシリアがいる浜辺の横合いに位置する崖の上に続いていて、恐らくそこに街が出来る予定なのだと理解できた。

「崖の上に街を造るつもりなの?」
「は。そのように考えておりますが、なにか不都合な点は御座いますでしょうか?」
「いいえ。特にないわ。人間もこの美しい海を眺めて暮らせるんでしょう?きっと喜んでくれると思う」
「人間の生活に於ける日々の情景すら考えていらっしゃるとは、女王陛下、貴女様は本当にお優しい方でいらっしゃる…っ!うぅ…っ!」
「え、ちょ、なんで泣いてるのよ?!別に泣くところじゃないじゃないっ!」

突然泣き出したセシリアに再び引きながら、シャルロットはとにかく街造りを進めてもらおうと話を進める。グスグスと鼻を啜りながらも了承したセシリアが、テキパキと作業を進めていくのを傍らで見守りながら、シャルロットはふと自分の“同盟相手”の事を考えた。
ルースは、ここから随分と離れた山の上に住むと言っていた。勿論人間も山での暮らしをすることになるだろうが、サンスペードとダイヤムーンの交易に不都合はないだろうか。片や海辺の国。片や切り立った山中の国。船を造るとしても、向こうは海に近いわけではない。ともすればやはりルースが提案したように、ルースの国に鉄道を引いてもらうしかないわけだが、向こうにばかり負担を掛けるのは忍びないというかなんというか。いや、経済力が凄まじい(予定)ダイヤムーンにしてみれば、鉄道を引くなどどうということはないのかもしれない。しかしこちらの気が済まないような気もしないでもない。

「女王陛下」
「え?!」
「貴女様のお考えは良くわかります」
「ちょ、私の思考を読めるの?!」
「これも“統治者”に仕える天使に与えられた力ですので。しかし、思考をそのまま覗いているわけではありませんのでどうかご安心を。主の考えをいち早く察知して行動に移す為の、従者専用能力なのです」
「そ、そう…」
「しかし女王陛下。僭越ながら一言言わせて頂いても宜しいでしょうか?」
「な、なによ…」

今までやたらと「女王陛下万歳!」だったセシリアが、何故か若干怒ったような顔で意見を述べようとしている。やはり、天使である自分が格下に仕えるのに不満があるのか。それともやっぱりあの城は可愛らしすぎるだろうか。
シャルロットが不安げに眉を下げたその時だった。セシリアのなんとも言えない激昂が、浜辺に轟き響き渡った。

「何故あんなお調子者の三枚舌と同盟を組んだりしたのですか?!」
「…………は?」
「同盟相手のルース・ダイヤムーンです!あんな金の亡者と同盟など組んだら、我が国はきっと良いように寄生され、滅茶苦茶にされてしまいますよ?!」
「いや、ちょっと、別にルースはお金の亡者ってわけじゃ…それに、確かにお調子者だけど、三枚舌は言い過ぎよ。芯はきっちり持っている子だし、自分の発言にはちゃんと責任を持てるわ。更に言えば、寄生なんてしなくても、ダイヤムーンは経済大国になる予定なんだから大丈夫よ」
「もしそうだとしても!私は今からでも、ジュリエッタ・レインハートと同盟を組み直すべきだと思います!」
「貴女…ただ単にルースが嫌いなだけでしょう?」
「はい!大嫌いですっ!」

はっきり肯定されて軽くズッコケる。まぁよく考えてみれば、セシリアの今までの言動からして、シャルロットと似た“堅物真面目タイプ”なのだろう。その真逆にいる“おちゃらけ不真面目タイプ”のルースに、嫌悪感を抱くのは当たり前といえば当たり前だ。
しかしシャルロットはルースと長い付き合いだし、セシリアが抱いているような嫌悪感は今まで感じた事がない。寧ろ、あの積極性と適応能力が羨ましいとさえ思う。

「…ま、まぁ、貴女がルースを嫌う理由もわからなくはないけど…あの子を同盟相手に選んだのは間違いなく私なんだから、J…でいいのかしら?…である貴女にとやかく言われる筋合いはないわ。というか、言わせないわよ」
「ぐぬぬ…、…わかりました…女王陛下がそう決められたのであれば、わたくしめは我慢するしかありません。しかし、今後何かの弾みで、あの小賢しいエセキングと同盟相手以上の関係になるような事があれば、わたくしめは戦争を起こしてでも奴と女王陛下の仲を裂かせて頂きます!」
「な、何よその“同盟相手以上の関係”って…」
「女王陛下も創造主より聞かされているとは思いますが、KとQは夫婦のような関係。今貴女様が奴と同盟を組んでいらっしゃるのは、夫婦のような関係を築かない代わりに“それに似た状態”を一時的に作っているだけなのです。つまり、いつかこの“一時的な関係”に限界が来た時は、貴女様はこの大陸にいる二人のキングのどちらかと結婚し“完全なる夫婦”にならなくてはなりません」
「き、聞いてないわそんな話!大体女同士でどう結婚しろって言うのよ?!それに、今の関係に限界が来るってどういう事?!」
「いいですか?我々天使の力は、この下界で制限が掛かります。わたくしめの力が制限なく及ぶのは、貴女様のような“統治者”とわたくしめのような“統治者に仕える天使”のみ。そして、貴女様のような“統治者”の力は、いくら天界出身者とはいえ“天使以下人間以上”でしかありません。その上“夫婦関係の片割れ”だけでは本来使える“天使以下人間以上”の力さえ満足に使えない。そこで“夫婦関係の片割れ”は“完全な夫婦”となって、百の力を使えるようにならなければならないのです。人間の統治が初期の今なら、まだ不完全な力で足りるでしょうが、それも年数を重ねるごとに難しくなってきますからね。その時にまだ不完全な力しか使えないようでは、人間の統治など出来ません」
「だ、だからってルースと結婚…」
「いいえ貴女様はジュリエッタ・レインハートと結婚するのです絶対にっっっ!」
「だからそういう事を勝手に決めないで頂戴っ!っていうか同性での結婚なんて無理に決まってるでしょう?!神様は一体何を考えているの!」
「同性での結婚など、その世界によって可能な時もあれば不可能な時も御座います!幸いこの世界では同性婚は可能です!良かったですね!」
「良くないわよ!私、同性を好きになるなんて無理だし、ジュリエッタもルースもただの友人で…っ!」
「ただの友人がいずれ恋人となりやがて夫婦になるのですね!素晴らしい!ということで貴女様はジュリエッタ・レインハートと結婚するのです!それとも何ですか?貴女様はルース・ダイヤムーンと是が非でも結婚したいと仰るのですか?まさか?本当に?」
「そ、そんなのわからないわよ!さっきから言っているように、私はあの二人に対して友人以上の感情は…ああもうっ、結婚云々の話はやめましょう!この話は終わり!いいわね?!」
「………は」

いまいち納得していないような顔で頷くセシリアに溜め息を吐きながら、シャルロットは未だ石畳と煉瓦造りの家が数件しか出来上がっていない街の状況に文句を垂れる。するとセシリアは、慌てたように頭を下げて街造りを再開し、寂しかった崖の上はあっという間に立派な街に成り代わった。
さざ波が聞こえ、温かい日差しに煌めく街。シャルロットはその街に足を踏み入れ、その場でキョロリと辺りを見渡すと満足そうに微笑んだ。

「上出来ね」
「有り難き幸せ!」

色とりどりの外壁を持つカラフルな家々は、屋根を持たない四角い外観を青空の下で煌めかせていた。
海から流れてくる優しい潮風と原色の街並みが、シャルロットの目に“生命”を感じさせる。
こらからここで人間が生きていく。その人間を自分が統治し、導き、そして育んでいく。

その決意と緊張を改めて胸に抱え、シャルロットは小さく頷いて城へと向き直った。

「さ、街はこれでいいとして、私の城の内装チェックと行こうかしら」
「は!」

シャルロットは街中を抜け、石橋を越えて城へ向かう。

そして暫くして、海に歓喜の悲鳴が轟いた。
城の内側を覆う白い壁の下方には、スポンジの詰まった水色のキルト地のような部分がある。床は大理石と、天界で特殊加工したブルーレースアゲートが升目状に敷いてあり、シャンデリアは豪勢に可愛らしく、金とピンクトパーズで飾られていた。
執務室には大きなアンティークの机と椅子。その後ろには海を一望できる大きな窓があり、壁面には難しそうな本が詰まった本棚が幾つかと、シャルロットの肖像画(これは恐らくセシリアの趣味)が。そして執務室から繋がる寝室には、これまた見事な巨大天蓋付きベッド。枕元には何とも可愛らしいテディベアが二体控えていた。

「か…可愛い…っ!」
「お気に召しましたでしょうか?!」
「素晴らしいわっ!このテディベアなんてもう最高っ!」
「ああ、女王陛下の御喜びになる顔っ…!美しいっ!」
「ほら見てセシリア!海がどこまでも続いているわ!この大陸が、神様の創った世界の断片だなんて思えないくらい果てしない!」
「はしゃぐ女王陛下もお美しいっ!」

盛り上がる二人の“城内探索”は、それから暫く続いたようで。
ある程度平静を取り戻したシャルロットが気付いた時には、もう外は薄暗くなり、城の周りの灯りや街の街灯が、ぽつぽつと灯り始めた頃だった。

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