絶倫Angel-X-

達の境界線


「………。」
「………。」
「気は済んだかしら?」

ボロボロになるまで取っ組み合いの喧嘩をした挙句、最終的にはシャルロットに喧嘩両成敗されたリゼットとルースが、納得いかなそうなぶすくれた顔で正座していた。
喧嘩が収まったことで次のステップに進めると、カミーユは手を叩いて皆を集める。

「さ、騒ぎもひと段落ついたところだし、さっさと次の説明に移らせてもらうわね?」

そう言ってカミーユが呼び出したのは小さな光球。そこへ手を入れると、中から何か束のような物が現れた。
カミーユはそれを四人の前に差し出すと、これは何だ?と言いたげに首を傾けにっこり笑う。

「それトランプでしょ?あたしよくそれで遊んだ」
「あ…えと…アタシも…遊んだよっ…」

ルースとジュリエッタがそう答えると、残りの二人は見たことがないのか、不思議そうにそれを眺めて眉を寄せた。
ちなみに、シャルロットがトランプを見たことがない理由は言わずもがな、勉強のし過ぎと稽古のし過ぎ。リゼットの理由は早死にの連続と、他者との交流を極端に避けていた為。どちらにしても、2、300年生き死にを繰り返してきて一度もそれを見たことがないなんて、もはや異常の域に到達している。

「これ、シャルロットとリゼットは見たことがないみたいだから説明するけど、こんな風にカードに絵柄がついてるものがあるのよ」
「あ、本当ね。それに、絵柄だけじゃなくて、赤と黒の二色にわかれているみたい」
「………ふん。くだらないわね。そんな物で何をしようと言うの」

リゼットがつまらなそうに言い捨てれば、カミーユはトランプの束からKとQだけを取り出し、四人の前に翳して見せた。

「これから大変な仕事に就く四人に餞別よ。一人ひとつ、特別な力を授けてあげる。これからあなた達が治めるのは、少しばかりファンタジックな世界にある一つの大陸。その大陸を四分割して、一つずつ国として治めて欲しいの。ファンタジックな世界だからこそ、あなた達にちょーっと不思議な力があっても、歴史的影響は皆無なのよ。すごいでしょ?」
「ふぁんたじっく…?あ。もしかしたらあたし、2回くらいそういう世界の人間生活したかもしれない。あれでしょ?魔法っていうのがある世界。あれ、なんか凄くて面白かった」
「ああ、それなら私も経験があるわ。光を生み出したり火を灯したり出来るのよね。とても楽しかったわ」
「アタシも…ちょっと怖かったけど…やったことあるよっ…」

盛り上がる三人の背後でコッソリ得意気な顔をしているリゼットも、どうやら何度か経験済みの事柄のようだった。それなら話は早い、そう言ってカミーユは笑顔のままそのカードを差し出す。

まずは好きなマークを選んでほしい。
スペード、ハート、ダイヤ、クラブ。
四つの中から一つだけ好きな物を。

そう促せば、四人は綺麗に別々の物を選んで取った。

「私はスペードね」

シャルロットはスペード。

「ア、アタシは…ハート…かな」

ジュリエッタはハート。

「じゃああたしこれ」

ルースはダイヤ。

「………。」

リゼットはクラブ。

「お、見事に別々ねー。しかもこれで、これからあなた達が治める国の力関係が決まったわよ」
「え?それはどういうこと?」

シャルロットの問いに、カミーユは口元に指を添え、焦るなと言いたげにウィンクして見せる。

「まぁそう慌てないで。まずはさっき言った“餞別”をあげるわ。今あなた達に選んでもらったマークに、私が力を込めておいたの。そのマークに相応しい力だと思うから、みんな、カードを胸元に当ててみてくれるかしら」

カミーユの言葉に不思議そうな顔をしながらも、四人は言われた通りカードを胸元に当てて暫し沈黙する。すると、そのカードから温かい“気”の様なものが体内に流れ込んできて、それぞれ顔を見合わせながら今の現象に驚いた。

「神様、今のが餞別なの?」
「そうよ。私がそのマークに込めた力が、今この瞬間、あなた達のモノになったの」

そう言って、カミーユが四人の持つカードを順番に指差していく。

「シャルロット。あなたが選んだスペードに込めたのは、圧倒的な“物理的な力”よ。使い様によっては、真っ先に戦争を引き起こす諸刃の剣。でも、大切なものを守るために、力は必要になるでしょう?例え、そのせいで誰かの大切なものを壊すことになったとしても。えーと、次にジュリエッタ。あなたが選んだハートに込めたのは、全てに平等な“癒しの力”ね。あなたの力は全て“癒し”に込められるの。だから、殺したいほど憎い相手がいたとしても、あなたには殺す力は備わってない。で、次はルースね。ルースが選んだダイヤには、計り知れない“経済力”を込めたわ。あなたには無限の富が与えられる。でも、そのせいで命を狙われるかもしれない。まあ統治者は不老不死だから、あなたの代わりに大切な人の命が危険に晒されるかもね。さて、最後はリゼットが選んだクラブ。それには、絶大なる“魔法の力”を込めたの。どんな困難も打ち砕くことが出来る、変幻自在の未知なる力。でも気をつけて。あなたの精神が少しでも不安定になれば、忽ち全てを歪めてしまうような恐ろしい力よ」

その説明を聞いて、ルースはふと疑問に思い手を挙げた。
最後に説明されたリゼットの力だけ、自分や他の二人とは別モノのように感じた。

「カミサマ、今聞いた限りだと、おばさんには特になんのデメリットもないんじゃない?シャルロットは、もしかしたら大切な人の大事なものを、シャルロット自身が壊しちゃうかもしれなくて、ジュリエッタの場合は、憎くて憎くてたまらなくて、どうしてもジュリエッタ自身の手で殺してやりたいって思ってる相手でも、どうやったって自分じゃ殺せない。あたしは自分が無限にお金持ってるせいで、あたし自身じゃなくてあたしの大切な人巻き込んで危険に晒すかもしれない。でもおばさんは、精神が不安定になって、魔法がコントロールできなくなったせいで周り全て…まあ統治者であるあたしら以外の全て、が歪められたとしても、別に後悔とか絶望とかしなさそうじゃん」

ルースの言葉に、シャルロットは同調するように頷いた。
ルースが質問するまで気付かなかったが、確かにリゼットの力だけ、リゼットに対してなにもデメリットがない。
力による望まない戦争誘発の危険性も、力を振るったことによる大切な何かの喪失も、いつまでも消えない憎しみによる自我崩壊の危機も、どう足掻いても自分以外が不幸になることを回避できない運命も、リゼットには何一つない。
確かにこれでは不平等だし、その“魔法”を使われたらあっという間に自国を支配されかねない。

「ふふ。そう言うと思って、ちゃんと考えてあるわ。リゼットは勉強期間中の生活を見ていても、結構“魔法”を扱う素質があるって気付いたから、大きな力を扱う代償として制限を付けたの」
「制限?どんな?」
「まず、制約も何もなく無制限で魔法が使えるのは自国内のみ。国外での魔法使用の際は、精神力の消耗が遥かに大きくなるのと、生き物に対する魔法の殺傷能力が極端に落ちるわ」

それを聞いてリゼットはチッと舌打ちをする。その目線がルースを見ていることから、恐らくルースに対して致命的なダメージを与えんとしていたのだろう。お互い不老不死の身故に死ぬことはないが、それでも“魔法の力”であれば相応のダメージが期待できるだろうと目論んでいたのだ。

「制限最高。おばさん残念でした」
「殺傷能力は落ちるだろうけど、無傷で済むだなんて思わないことね。同じ箇所を何度も何度も抉れば、大きな傷になるでしょうし」
「やること悪魔じゃん」
「貴女にとっての悪魔なら喜んでなるわよ?」
「ヨボヨボ悪魔なんて怖くないもん」

バチバチと火花を散らす二人に、カミーユは苦笑しながら言葉を付け足す。

「不老不死とはいえ、怪我はするし病気にもなるんだから、あまり物騒なことは考えないでほしいんだけど…病気はまあ、軽い風邪くらいしかひかないとしても、怪我の場合は傷が治るまでにそれなりの時間がかかるのよ?傷の度合いによるけど」

カミーユの言葉に反応し、ルースはリゼットとの睨み合いをやめると、興味深げに質問をする。

「ねぇ、傷が付くと痛い?」
「ああ、痛みはないわ。全くないわけじゃないけど、そうね…例えばちょっとした切り傷くらいなら何も感じないけど、腕が吹き飛ぶとか、首が跳ね飛ばされるとかだったら、ちょっとチクッとはするかな?」
「例えが怖すぎ」
「そのくらい大きな損傷になると、半日は置かないと元に戻らないかしら。それに、これはあくまで吹き飛んだ腕や頭が手元にある状態の話で、仮に腕や頭が消滅していたら、天界から新たに“ロード”しないといけないから…丸一日は必要ね」
「ろーど…ってなに?」

不思議な言葉に首を傾げるルースに、カミーユは得意げに胸を反らせてゴホンと咳払いをする。そして、ルースやリゼット、ジュリエッタやシャルロットを指さしてロードについての説明を始めた。

「あなた達は毎秒毎分毎時間、何かをしたり覚えたり、忘れたりなんだり、色々状態が変化するでしょう?だから、あなた達の最新の状態を、天界では常にオートセーブしているの」
「オートセーブって…えーとつまり、あたし達に何か一つでも変化があったら、その状態を毎度毎度保存してるってこと?」
「そう。あからさまな変化だけじゃないわ。あなたが数ミリ目線を動かしただけでも保存されるし、髪の毛が数ミクロン動いただけでも保存される。要するに、あなた達は今この時もオートセーブされ続けてるの。そして、もしあなた達の体に重大なバグや欠損が起きた場合は、直ちに元に戻れるようにデータがあるのよ」
「でも、常に保存され続けてるってことは、欠損が起きた瞬間も保存されてるってことでしょ?じゃあ、あたしの最新の状態は、欠損した状態ってことにならないの?」
「それは大丈夫。オートセーブは上書きじゃなくて、新規セーブなの」
「???」
「つまり、最新の状態を保存すればするほど、あなた達のデータの数は増え続ける。一つのスロットでデータを保存してるんじゃなくて、ルースというセーブデータは今の段階で既に何億以上も存在してるの。だから、仮に欠損が起きても、欠損が起きる前のデータから欠損部分の身体データだけを引っ張ってくれば、内面情報は更新を実行したまま、体だけは以前のデータで復元が出来るのよ」
「なんか難しいね」

ルースは何となく理解出来たようだが、シャルロットは眉間に皺を寄せて凄まじい顔をして硬直しているし、ジュリエッタはあからさまに混乱したように頭をガシガシかいているし、リゼットに於いてはもはや理解することを放棄したのか聞いてもいなかった。

「まあとにかく、病気は軽い風邪しかひかないけど、普通なら死んじゃうくらいの怪我したらチクッとするし、体のどっかがなくなっちゃったら元に戻すのに丸一日かかるし、なんか色々大変だから余計なことしないでねってことでしょ?」
「簡潔に言えばそうね」
「まああたしはいいけど、おばさんはあたしを痛めつける気満々だから、忠告ならあの血気盛んな冷血おばさんにしてあげたらいいと思うよ?」
「またそうやってリゼットのこと煽るんだから…!」

またも戦いのゴングが鳴り響きそうなので、カミーユは早々に話題を変え、今度はお互いの力関係について説明を始めた。

「ゴホンゴホン!えーと、次ね!次!うーんと、このマークには力関係が存在するの。それを利用して、あなた達の国の力関係も決めてしまえば、とりあえずの力の均衡は保てるでしょう?そこから戦争が起きるのか、はたまた侵略が始まるのかは、人間がどう行動するかによるけど。………それ以前に、統治者であるあなた達の間で重大な仲違いが起きてしまったら、もしかすると人間を巻き込んでそういう事態になってしまうかもしれないわね(特にリゼットとルースのところとか…)。でも、それはそれで、そういう歴史が生まれたと思って諦めるしかないわ。あなた達も人間も、それぞれに意思があるんだから」
「大丈夫よ神様。人間を巻き込んで喧嘩するなんて、そんな馬鹿なことしないわ。ねぇ?」

心配そうなカミーユを安心させようと、シャルロットは残る三人に答えを求めた。勿論ジュリエッタはコクコクと何度も頷いて見せたし、ルースも自発的に面倒くさいことを起こそうだなんて思う質でもないので素直に頷く。しかしリゼットだけはしれっと「私以外は皆敵よ」と告げてそっぽ向いた。

「………ま、まぁその時はその時で、自分達でなんとかしてね?で、ええと、カードの強さなんだけど…」

カミーユはまず、シャルロットを指差してニコリと笑う。
スペードが四つの中で一番強いと告げると、シャルロットは嬉しそうに笑った後、わざとらしく咳払いをして「別に嬉しくなんかない」と誤魔化して見せる。
次にハートが強いと告げれば、なんだか奇妙な声を上げながらカードを握りしめて怯えるジュリエッタの姿。どうやら残っている二人に申し訳ないのと、その内一人がリゼットなのが問題らしい。確かに背後から強烈な殺意がジュリエッタを狙っていた。
更に追い打ちを掛けるように、ダイヤが三番目だと告げれば、ルースはくるりと後ろを振り返り、リゼットに向けて「最弱おめでとう」と笑顔で言い放つ。

カーーーンッ。

ついに第二ラウンドのゴングが鳴った。

「私に喧嘩を売っているのかしら?」
「買ってくれなんて頼んでないけど」
「いちいち口の減らない小娘ね」
「いやいや悪態の生き字引には敵いませんわ」
「そこへ直りなさいクソガキ」
「頭が高いのよクソババァ」

いよいよ第二回取っ組み試合が始まらんという所で、カミーユが慌てて声を上げた。

「ち、ちなみに!!クラブのマークは勇気と努力と幸福の象徴だから!!」
「え?何と何と何の象徴だって?おばさんに似合わないものの名前が聞こえたんだけど」
「余計なお世話よ。ついでだから聞いてあげるけど、ダイヤはなんの象徴なのかしら?」
「え?………………お金」
「わ、ダイレクトすぎ」
「お金ですって。強欲な貴女にぴったりで羨ましいわ」

言いながら、ルースとリゼットが地味にお互いの足を踏み合っている様子に苦笑しつつ、カミーユはスペードは騎士と剣、ハートは愛と感情の象徴だと告げる。
するとそれぞれを選んだシャルロットとジュリエッタは、小さくも誇らしげに胸を張った。
何とも可愛らしい主張である。

「じゃあ次に、KかQかどっちか選んでくれない?」
「え…?あの、アタシ達全員女だし…その…みんなQでいいんじゃないの…?」
「んー、それでもいいんだけど、ちょっと私の中で考えがあるの」
「そ…そうなんだ…じゃ、じゃあ…」

ジュリエッタはそろそろとハートのKのカードを手に取る。それに次いでシャルロットはスペードのQ、ルースはダイアのK。リゼットはクラブのQを選んだ。

「ジュリエッタは何故Kを選んだの?あなたの事だから、剣なんて持っているKじゃなくて、Qを選ぶかと思っていたのに」
「う、うん…最初はそう思ってたけど…その…服…ズボンだし…Qじゃ変かなって…」
「あ、なるほどー。でも、ズボンを履いたQがいたって私は良いと思うけどなぁ………シャルロットはどうしてQを?」
「私はなんとなくよ。まぁ敢えて言うなら女だし…Kを選ぶと言う考え自体、そもそもなかったのかもしれないわ」
「自然と選んだ感じなのね。じゃあルースは?」
「おばさんがQ選ぶと思ったから」
「…リゼットは?」
「小娘がKを選ぶと思ったから」
「あ。ハイ」

仲がいいのか悪いのか。とにかくそれぞれ二人ずつになってくれたのは好都合だ。
カミーユはKを選んだジュリエッタとルースを離れたところに待機させ、Qを選んだシャルロットとリゼットに一つの質問を投げ掛けた。

「同盟を組むならどっちがいい?」
『は?』
「KとQはいわば夫婦関係みたいなものよ?お互いに単独では力の半分しか出せないわ。だから、どちらかのKと同盟を組むことで、お互いの力を引き出せる利害関係を築いて欲しいの。これも統治に必要な骨組みの一つよ」
「急にそんなこと言われても…」
「どっちも嫌よ。私に近づいたら殺すわ」
「いやいやあなた達不死身だから殺せないったら。それに、なにも終始一緒に居ろと言っているわけじゃないの。お互いの国になにかあった時、真っ先に頼る為のパートナーだと思えばいいわ」
「…頼る…ね。じゃあ、ジュ「泣き虫」
「あれ?ルース人気ないわね」
「だって“お金”だし…」
「金の亡者に助けを求めて何になるの?」
「(特殊能力の“経済力”より、マークの象徴“お金”の方がインパクト強くてこんな事態に…ごめんねルース…!)」

心の中でひっそり謝りながら、カミーユは困ったように顎に手をやり唸る。
どちらもジュリエッタと同盟を組みたいと言っている。向こうの二人に尋ねたところで、ジュリエッタはオロオロしながら吃るだけだろうし、ルースは十中八九シャルロットを選ぶはずだ。となると誰の希望も叶うことなく、結局カミーユが決める事になってしまう。

「うぅーん…」
「ねぇ神様。私、ルースでも構わないわ」
「え?」

空気を読んだのか、シャルロットがそう言えばカミーユはパッと顔を上げて目を輝かせた。
シャルロットには無理をさせてしまったかもしれないが、リゼットとルースの一触即発を回避できたことは大きい。ここはシャルロットの好意に甘え、その案を受け入れることにした。

「ならシャルロットはルースと、リゼットはジュリエッタと同盟を組むということでいいかしら」
「ええ。それでいいわ」
「仕方ないから泣き虫で我慢してあげる」

話がまとまったところで待機させていた二人を呼び戻し、今の話を簡潔に告げると、ジュリエッタは途端にガタガタと震え出す。まさかリゼットが自分を指名するなんて思いもしなかったし、これから同盟国として協力関係にならなくてはいけないなんて非常に荷が重い。更には精神的なダメージも尋常ではない。そういう類の震えだった。

「あ…あの…ほ、本当に…アタシで、いいの?」
「仕方ないでしょう?本当は貴女だって嫌だけれど、アレと組むなんて死んでも御免だもの。我慢してあげるわ」

ちらりと横目でルースを見やり、リゼットは忌々しげに表情を歪めた。

「そういうことだから、まぁその…これから、よ、よろしくねルース。別に貴女の働きに期待なんかしてないわよ?精々私の足を引っ張らないように頑張って頂戴ね。それだけよ」
「はいはいツンデレツンデレ」
「ツ、ツン…?」

シャルロットの個性の一つであるツンデレ要素に苦笑しながら、ルースはリゼットと一緒にならなくて心底良かったと安堵する。
生まれた時は個性などなかったただの人型発光体も、こうして体を与えられて個性を持つと、お互いに対しての好意や嫌悪がどこからともなく湧いてくる。経験した人間界の生活が影響しているのか、リゼットとルースは全く正反対の個性を確立させたようだった。
それに、体を得てすぐはまだ対応が出来ていなかったが、こうして自分の体に馴染んできた今、ようやく設定された年齢に体と頭が慣れて来た。お互いの年齢の差をしっかりと意識し、まるで最初からこの歳の差で生活してきたかのような振る舞いが出来るようになってきたのだ。

「大体アレは年上に対しての態度がなってないのよ」
「やっぱりおばさんて口煩くてやんなっちゃう」

それぞれに呟いた相手への不満。それを聞いてカミーユは心底可笑しそうに笑って口元を隠した。
あんなに嫌がっていた35歳設定も、小生意気な18歳設定も、それぞれ板についてきたようで、その見た目と中身は完全にマッチしている。
ジュリエッタは、今まで呼び捨てにしていたリゼットを無意識に“リゼットさん”と言うようになり、シャルロットは性格からか、Qを選んだリゼットを“リゼット女王”と呼んで会話していた。

生まれた時の関係性は徐々に薄れ、新しい体に合った関係性が作り出されている証拠だった。

「さあさあみんな。お互いのパートナーも決まったことだし、最後に自分が統治する領土を決めましょうか」

カミーユが手を叩いて四人の注意を自身へ向ける。そしてその手を足元に向け、くるりと円を描くように動かせば、雲のようになった地面はぽっかりと口を開け、その下の大きな大陸が四人の視界に広がった。

「これがあなた達が生活することになる大陸。ここを四分割して国を築き、人間を統治して欲しいの」
「………見たところ、他に大陸はないのね」

一通り全体を眺め、シャルロットがカミーユに問いかけた。
それに応えるように頷いて、カミーユはその理由を説明する為、自らの手の上に小さな惑星を作り出した。

「そうね。ここは幾つもある時間軸の中の一つの空間だから、あなた達が人間として生活していた時に学んだ“惑星”とか“星”とかの概念は捨てて頂戴」
「でも人間は自分たちのことを、惑星に存在する一つの種族と考えているわけでしょう?文献だとか資料だとか、そういった物には必ず惑星の姿が描かれていたし、その場合、時間軸だの空間だのはどうやって説明すればいいの?」
「人間たちが見ている惑星の姿は、私が人間用に作った“空間と空間を繋ぎ合わせて作った球体”なの。彼らに見えている“惑星上の他の大陸”は、別の時間軸にある違う世界の大陸。実際その境界には彼らでは越えられない歪があって、どの時間軸の世界でも、そこを越えられるものを作れる文明は発展していないし、そこへ近づけば必ず死が訪れるという風な伝承が残っているわ。まぁ、そういう風に私が操作しているんだけど」

つまり惑星というのは、カミーユが空間というピースを繋ぎ合わせて作った球体パズルのような物で、そこにある数々の大陸は、それぞれ独立した空間に存在している物。大陸間の移動は、カミーユの文明操作及び伝承操作により不可能となっていて、誰も別大陸に渡った者はいないということだった。

「じゃあ、いくら書物で惑星の存在を知ったとしても、人間にとって他の大陸の存在は、言うほど気にするものでもない…という感じなのね?」
「そうね。自分たちの大陸が世界の全てで、その大陸で起こる全てが世界の問題。という風な考え方かしら」
「まぁ…統治するには楽な設定ね。隣に別の大陸があったりしたら、その大陸の統治者とも色々やり取りをしなければいけなくなるし…」
「それを回避する為の“多空間構造”よ。他の統治者たちにも同じことを言ってきたけど、あなた達はあなた達の世界、あなた達の大陸の事だけ気にしていればいいわ。空間全体の問題は創造主である私が管理しているし、あなた達が立ち入れる問題でもないからね」

そう言ってカミーユは、再び足元に広がる大陸を見下ろし、四人に声を掛けると何処を領土にしたいか意見を促した。

「そうね…私は海沿いに拠点を置きたいわ。人間界にいた時、海のそばで生活していたことがあったんだけど、その時の人生はとても楽しかったから」
「私はあの霧深い森の中に拠点を置きたいわね。誰も私に干渉してこないような場所で、静かに生活したいの」
「アタシは、…んっと…じゃあ、同盟相手のリゼットさんがいる森の近くの…平原に拠点を置こう、かな…?」

三人がそれぞれ意見を述べると、残ったルースはどうでもよさそうに欠伸をしながら、「商売出来ればどこでもいい」と適当な場所を指差した。

「え?ちょっとルース。貴女そんな切り立った山の天辺に拠点を置いて、どう商売するつもりなのよ…それに、私が生活する予定の場所とだいぶ離れているじゃない。これじゃ、貴女の国に何かあった時、すぐ助けに行けないわよ?」
「大丈夫大丈夫。文明が発達するまでは、誰もこんな切り立った山に侵略してこようとか思わないだろうし、しばらくしてある程度文明が発達したら、山岳列車とか走らせれば国同士の交流の問題はクリアでしょ?あ、でもおばさんの国とは関係築きたくない」

何気なく吐かれたルースの言葉に反応し、眉を寄せたリゼットが直ぐ様嫌味を言い返す。

「こっちだって願い下げよ。せっかくの美しい自然を、貴女みたいなクズが作った列車の放つ黒煙で汚されて堪るもんですか」
「自給自足の鎖国ババァに興味ないから安心して。あんたは一生自国で引き籠りやっててよ」
「貴女が森に近づけないように虫よけの魔法を掛けておかないと。害虫はどんな小さな隙間からでも入ってくるものね。ああ鬱陶しい鬱陶しい」
「誰が害虫よ嫌味ババァ。あんたのとこには興味ないって言ってるでしょ?」
「興味があるないの問題じゃないのよ。害虫は誰だって見たくないでしょう?」

バチバチバチッ。

火花を散らしながら睨み合う二人に溜め息を吐きながら、シャルロットは大陸の中央にある大きな湖を境に、適当に線を引いて自国の領土を決めた。それを見たジュリエッタも、真似をするように湖を起点に自国の領土を決め、ルースも早々にリゼットの相手をするのを切り上げてパパッと領土を決定。睨み合いを途中で放棄され、尚憤りの収まらないリゼットは、もはや国境問題などどうでもいいのか、適当に線を引いてルースの尻に蹴りを入れた。

結果的にシャルロットの国が一番大きく、ジュリエッタの国が二番目、ルースの国が三番目で、リゼットの国が一番小さい国となった。
力関係と同じ構図である。

「よし、領土は決まったようね。じゃあ、自分の国に愛着を持ってもらう為に、国に名前を付けましょうか」
「名前?」

カミーユの提案に、シャルロットの目が輝く。こう言ったことが好きなのか、シャルロットは早速自分が納得いく名前を考えて眉を寄せた。ジュリエッタは難しい顔で必死に名前を絞り出そうとしていたが、出てくるのが食べ物の名前ばかりで頻りに頭を振っている。
そんな時、リゼットがあっさり決めた国の名前に反応してシャルロットが顔を上げた。

「クラブミスト」
「リゼット女王、貴女なかなかセンスがあるじゃない。マークの名前と霧深い森の印象を組み合わせてるのね?それなら私の所は…海沿い…青空…太陽…そうだ、サンスペードでいいかしら!」
「え?え?じゃあ…じゃあ…ううぅぅぅぅん…アタシは…えーと…あれ?この平原、結構雨が降ってるね…アタシも雨好きだし…レインハート…でいい、かな…」
「この流れで行くと、アタシもそんな感じの名前にしなきゃいけない感じ?まあ別にいいけど…んーと…じゃあ…あの山めちゃくちゃ切り立ってるし、お月様にすっごく近付けそうだから、ダイヤムーンとか?」

何だかんだで決まった自国の名前。
それを聞いてカミーユは、一つ世界の設定に付け足した。

クラブミストの霧は常に濃く、森に立ち入った他国の人間は、正式な通行証がなければ街に辿り着くことができないこと。
サンスペードは常に晴天に恵まれ、天候が崩れることはなく海も穏やかで、それゆえ海産物も多く豊かな土地であること。
レインハートは雨が降り止まない土地であり、周辺にはそれに適応する為に進化した特殊な花が咲き乱れており、その花は病や怪我の治療に使われること。
ダイヤムーンは非常に険しく切り立った山であるが、地盤は安定しており山崩れの心配はなく、更には神聖な力により、一定期間ごとに鉱石が湧き出る無限鉱山であること。

そしてどの国の人間も、大体は王及び女王の力に似た才能を身に付けていること。

「つまり、私の国は武術の才に恵まれた人間が多いということね?」
「ならあたしのトコは、それなりに商売上手が多くいるってことになるの?えー何それ面白そう」
「えっと…アタシの所は…ちょっとした“癒しの力”が使える人達が、多くいる…のかな?」
「……………低レベルであれ、魔法が使用できる人間がいるということね。はあ、まったく…貴女達の他に人間共にも注意を払っておかなければいけないなんて。ああ、やっぱり私は不幸な女。周りは敵ばかりで気が抜けないわ」

それぞれに国と民の特徴を反復し、四人は納得したのか一つ頷くとカミーユに向き直り笑みを向けた。うち一人は忌々しい顔だったが。
もう準備は万端。いつでも行ける。そんなようなニュアンスの表情に、カミーユは穏やかに笑い返す。
シャルロットから順に額へ指を向け、真下の世界への転送を始めると、最後のリゼットが光の中に消えるのを見届け、その背中に向けて小さく呟いた。

「じゃあ後は、よろしくね」

その言葉に応えるように揺らめいた四つの光は、四人が向かった真下の世界へ向けて勢いよく降下していった。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -