絶倫Angel-X-

じめまして私の人生


四人が目覚めたのは同じタイミングだった。
眩い光の中で“目”を開け、初めて光を吸収したその“眼球”に鈍い痛みを覚え、その反応で短く上げた悲鳴で自分の“声”を認識し、認識できた事で“聴覚”の存在を確認し、そして“目”を擦る己の“手”を感じて“肉体”の質量に感激した。
白く発光する人型のそれ。眩く発光している為、顔のパーツや体の細部は判別不能だが、四人はぼんやりとした輪郭を持った人型の生きた光。紛れもなく意志を持った“生き物”であった。

「おはよう、我が子達」

綺麗な声に四人は“目線”を上げる。
美しい姿の女性がふわりふわりと浮かんでいて、時折背中にある柔らかそうな白い羽が、風になびくカーテンのように緩やかにはためいた。

「私はあなた達を作り出した創造主。カミーユ・サンマール。下界の生物からは神様って呼ばれてるの」

カミーユが伸ばした手で四人に触れれば、四人はあっという間に小奇麗な衣服を纏い、いわゆる“普通の人間の子供”と同じ格好になった。勿論光の体である為に、発光する人型が服を着ているだけに見えなくもないが。
そして“普通の子供”と言わず“普通の人間の子供”と言ったのにはわけがあり、四人は今後“普通の人間”として生活していく運命にはない。四人は一時的に人間として“生”を学び、何度も何度も生と死を繰り返し体験して、十分な知識と経験が得られたと創造主が認めた時点で“不老不死の肉体”を手に入れる。そして新世界に於ける新たな大陸の統治者として、その世界が存在意義を無くすまで歴史の管理を務めることとなるのだ。

「生まれたばかりでこういうのもアレなんだけど、あなた達にはこれからすぐに“勉強期間”に入ってもらうわ。人間がどのように生き、どのように死んでいくのか、自分の体で学んで吸収して欲しいの。あなた達には将来的に人間を管理してもらうことになるから、その人間のことを良く知っておかなければならないでしょう?」

創造主の命令は絶対。四人の中に流れる“血”はそれを理解していた。
だから四人は文句も言わず、言われるがまま新しい光の中に身を投じ、人間界へと旅立っていった。

「立派に育って帰って来てね」

数分で終わった“我が子達”との感動の出会い。
もう何回も、何十回も、何百何千何万回。もっともっと経験したことだったが、やはり創造主にだって感情はある。生まれて間もない我が子達を、すぐさま新たな土地に送り出すのは心が痛んだ。














勉強期間開始から180年。
一番早く“卒業”を認められ呼び戻されたのは、ルースと名付けられた“少女”だった。
“少女”として名前が付けられたのは、彼女が勉強期間中に経験した性別の割合が、女性の方が多かったという理由である。

「おめでとうルース。こんなに早く卒業できたのはあなたが初めてよ」
「ルース???」
「ああ、それはあなたの名前。これからあなたは自分のことをルースと名乗るの」
「あ、そうなんだ。わかった。それはそうと、あたし、もうちょっと人間界にいても良かったんだけどなあ…楽しかったし。ま、しょうがないか。それで?あたしはこれから統治者になるんでしょ?他のみんなはまだ戻ってないみたいだけど、あたしだけ先に大陸を任されちゃうの?」

帰ってきたその少女は、生まれた時と全く変わらぬ姿でそこにいた。眩しく発光し、体の詳細は分からない人型の光。勿論人間界ではしっかり人間の姿を形成し、生きた分だけ年を取り、一度死を経てまたゼロからスタートするという輪廻を経験した。だから知識はその分蓄積されている。しかしここ“天界”では、彼女はまだ正式に役割を与えて貰っていない未分類の創造物なのである。未分類であるが故に、分類先に応じた姿になっていないのは当然のことであり、彼女の姿が生まれた時と変わらぬものでも、180年分の知識のお陰でペラペラと軽口を叩けるようになっているのは不思議なことでもなんでもない。

「統治者になってもらうのは皆と一緒の時期がいいわ。他の子達が帰ってくるまで、あなたは好きに過ごして構わない。といっても、姿はそのままだし、出来ることには限りがあるけど…」
「なら、人間界の“交易”とか“商売”とか、そういうのについて勉強したいな。作ったり売ったり買ったり、それってなかなか面白いかったし、カミサマの書庫に行けば、人間界の文献もあるんでしょ?」
「あるけど…禁書に触れては駄目よ?危険なものも沢山あるから」
「あたしそういうのに興味ないから大丈夫」

戻ってきた我が子が、すっかり“軽口叩きの世渡り上手”という性格を確立していたことに驚いたが、カミーユは彼女の“個人”がしっかり形成されていることに内心喜んでいた。
四人は同時に創造した姉妹のような存在。しかしそれは正しく姉妹ではない。最初は皆同じような動きをし、性別もなく、全部揃って同じただの四つの光だった。

「それがあんな風になるなんてね」

さっさと書庫へと向かうルースの後ろ姿を見ながら、カミーユは他の三人に会うのが楽しみで小さく鼻歌を歌いだした。














勉強期間開始から250年。
二番目に帰って来たのは、シャルロットと名付けた“少女”だった。

「ただいま戻りました神様」
「おかえりシャルロット。卒業おめでとう」
「シャルロット?...もしかして、それは私の名前ですか?」
「そうよ。さすが、理解が早いわね」

姿はルースと変わらず昔のままなのに、キリリとしたその雰囲気からは、人間としての生活で備わった“生真面目さ”がしっかりと窺える。

「これで戻ってきた子はあなたで二人目ね」
「え?私が最初ではないのですか?」
「ふふ、残念ながらね」
「…そうですか」

シャルロットは思わず出した“残念そうな声色”に、慌てて自分の“口”を塞いで小さくなった。先に戻ってきた者の話を詳しく聞けば、それはどうやら大して“成績”のよくない者。ルースという名前を付けられた“同期”の様子を聞いて、シャルロットはますます自分が二番目なことに納得がいかなくなった。
恐らくシャルロットは、自分が一番に戻ってくるに決まっていると思っていたのだろう。人間界での生活で、一番勉学に励み、更に武術すらも身に付けていたのはシャルロットだけだった。カミーユは勿論その努力を評価してシャルロットを呼び戻したわけだが、カミーユが思う“人間界で最も必要になるもの”を、彼女が習得するまでにはだいぶ時間が掛かってしまったのだ。

「あなたが人間界でどれだけ頑張ってきたかは、派遣した天使たちの報告や、私が抜き打ちで見学しに行ったときに確認しているわ。ルースなんて勉強もそこそこ、武術なんて全く会得していないし、特技と言ったら計算が異常に早いってことと、人の懐に入るのが上手いってことくらい」
「なら…」
「でも、ルースはただ遊んでいたわけじゃないの。あなたが勉学と稽古に励んでいる時間、彼女は沢山の友達と色々な遊びをし、家の手伝いをし、様々な恋をしたり、市場で大人に交じり働いて、そのうち自分で商いを始め、家庭を持って、そして多くの人に囲まれて一生を終えた。何度繰り返しても、ルースの人生はいつも誰かと一緒だったわ。男性であっても女性であっても、ルースは人間界に於ける一番大事なことを、誰よりも先に学んだの」
「…なるほど。人間を統治するなら勉強より触れ合い…そうですね。その点では、私はルースに負けているかもしれません」

納得したのか小さく頷き、シャルロットは「久々に彼女と話したい」と言ってルースのいる場所へと向かって行った。
これで残りは二人。困ったことに、どちらも人間界での生活が上手くいっていない。片方はどうにか“あとちょっと”という所まで来たが、もう片方はいつまで経っても成長が見込めない。よほど人間界に馴染めないのか、普通の街や村での人生を送り始めると、その途端に死んでしまう。人が多すぎる場所が無理なら極端に小さな集落はどうだろう、そう思い、カミーユが手心を加えて生まれ変わり先に選んだ遊牧民族の人生も駄目だった。男性になれば何故か殺害されたり事故に遭う確率が高くなり、女性になれば妬まれたり疎まれたりで死に追いやられる。ストーカーに襲われて嫌な思いをしたのちに命を絶つ人生もあり、なかなかどうして不遇な人生にあたってしまう。その中でもなんとか上手くやれているが今の人生で、邪教を崇拝している魔術一家の長女という人生。人と関わりを持たなくても弊害はなく、それなりに素質があったのか司祭にまでなっている。

「ううぅん…あの子はどうしたものかしら…」

統治者は三人にしようか。そう考えもしたが、それではまるで仲間外れだ。彼女は彼女なりに学んでいることだってあるだろう。もう片方ももうすぐ“卒業”と認めてもいい頃だし、焦ってはいけない。
カミーユはそう考え直し、それぞれの帰りを待つことにした。














勉強期間開始から280年。
大泣きしながら帰って来たのは、ジュリエッタと名付けた“少女”だった。
彼女もまた、ルースやシャルロットと同じく、経験した人生が女性の方が多かったくちである。

「うえぇぇぇぇぇぇんっ!!神さまぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぎゃあ?!ちょ、ジュリエッタ泣かないで!!」

ドフッ!とタックルしてきたジュリエッタをあやしながら、カミーユはそのダイヤモンドのように輝く涙を拭ってやる。余程辛かったのか、帰って来れたことが嬉しくて嬉しくて、カミーユに引っ付いたままのジュリエッタがその体から離れることはなかった。

「…落ち着いた?」
「ぅ…うん…」

ジュリエッタがあまりにも泣き止まないので、なんとかしてくれとカミーユが呼びつけたルースとシャルロットも、一緒になってジュリエッタの頭を撫でてその様子を窺っていた。泣いている最中に人間界でのことを聞いてみたら、天界から見ていたのと変わらない話を聞かされてホッとした。
もしかしたら、天使の報告漏れがあったんじゃないか。見逃していたけれど、陰で酷い死に方を経験したんじゃないか。そんなことを思っていたが、どうやらそれはないようで。ただただ「人間優しかったああああああっ!」と号泣するその姿に、カミーユも、ルースやシャルロットすら、少しだけ“何だこいつ”という顔でこっそり溜め息をついた。

「卒業できてよかったわねジュリエッタ。貴女で三人目よ」
「ぅッ、…ふぐっ…、ひっく…、ジュリエッタって誰?あ、アタシのこと?えっと、アタシ…最後じゃ、ない…?」
「最後はリゼットだって。人間界が肌に合わな過ぎて、なんかとんでもなくヤバイ事になってるって聞いたけど」

シャルロットに頭を撫でてもらいながら、ジュリエッタはルースの言葉に首を傾げた。リゼットとは、恐らく今ここにいない残りの一人のことだろうが、ルースの言う“ヤバイ事”とはどういうことだろうか。そういったニュアンスを含んだ仕草に気付いたのか、ルースは軽く肩を竦めながら、悪びれた様子もなくこう告げる。

「なんでも、人と関わるのが超絶苦手過ぎる性格と、謎の不運体質で、事故やら事件やらに巻き込まれまくり、挙句の果てには餓死病死その他諸々死にまくって、絶賛高速輪廻中なんだって」

それを聞いてシャルロットは深々と溜め息を吐きつつ頭を振り、ジュリエッタは零れていた涙も乾く勢いで硬直し、カミーユは自分に言い聞かせるよう何度も「あの子はまだやれる」と呟いていた。

そしてその問題のリゼットの帰還が、想像よりも随分と後になることを、カミーユはひっそり覚悟していたのだった。














勉強期間開始から350年。
カミーユはリゼットを呼び戻すことを決めた。
卒業と認めるにはまだ課題が山ほど残っている。しかし、これ以上他の三人を待たせておくわけにもいかない。カミーユは悩んだ挙句、リゼットを強制帰還させることに決めたのだった。

「………。」
「とりあえず、おかえりリゼット」

帰って来たリゼットは、ただただそっぽ向いて無言を貫く。創造主の存在は、自分たち創造物にとって絶対であるはずなのに、リゼットの態度はよく言う従順な態度とは全く掛け離れていた。
纏う雰囲気は暗く、まるで全てのものを拒絶しているかのよう。

そんなに人間界での生活が嫌だったのか。
まあ確かにそうか。

と、カミーユは思った。
リゼットの人生は波乱万丈だった。他の三人より生活環境が悪い人生に当たることが良くあり、家庭内でのトラブルも多かったし、友人関係にもトラブルが多かった。他の三人よりも多くの障害にぶち当たってきたのは間違いない。

あんな“最期”を何度も経験すれば、こうなってしまうのも仕方ないのかもしれない。

「人間は低俗で低能で愚かな生き物ね」

リゼットは忌々しげに話し出した。

「私がこれから統治するのは、あんな下等生物が生活する土地なんでしょう?はあ…私は人間界でも天界でも不幸なのね。人間界ではあんな汚らしい生き物たちに囲まれて、穢れた空気の中でろくでもない生活を強いられ、天界ではそんな不潔で無能なゴミ共を、統治しろだなんてふざけた命令をしてくる頭のおかしい神に従わなくてはいけない。ああ不幸。不幸だわ。不幸以外のナニモノでもない」

人間界での生活で“個人”が確立されるのは喜ばしいことだと思う。しかし、保護対象である人間をそんな風に思うようになるなんて思っていなかった。これは誤算だ。
しかし、折角確立した“個人”を強制的に修正するなんていうことをするつもりはない。感情や思いの持ち方は個人に任せる。それが例え攻撃的な人格形成のきっかけになろうとも、それはそれで個性として受け止めなければならない。それに、この時点での性格が、それぞれの最終的な性格になるとは言いきれない。これからの生活で、考え方や捉え方、誰かに向ける気持ちなどが変化していくかもしれない。
だからこそ、早々に四人を統治者として新世界の大陸へ派遣しよう。そうして、今までとは違った立場での“共生”により、更なる成長をしてもらわなければ。
カミーユは一つ咳払いをした。

「…とにかく、リゼットも戻ってきたことだから、四人には“分類に応じた体”を与えてあげないとね」
「わ!それって、ようやくこのオリジナリティ皆無の眩しい発光体ボディーとオサラバ出来るってこと?やった!」
「これからようやく“私”としての生活が始まるのね。楽しみだわ」
「う…う…こ、怖いよぉ…しっかりやれる自信ないよぉ…」
「はぁ…。まあ、いらない人間は即刻処刑でもしてしまえばスッキリするわね。そうだわ。そうしましょう」

各々思い思いの感想や意見を口にしながら、期待と不安の籠った眼差しを向けてくる。

「じゃあみんな、目を閉じて。自分が“こうありたい”という姿を想像して」

カミーユの大きな羽が四人を優しく包み込む。
温かな光とカミーユの声。四人はまるで、雲の上に寝転がっているかのような不思議な感覚と共に、ゆっくりゆっくり眠りに落ちた。







「四人とも、そろそろ起きなさい」

カミーユの呼びかけに目を覚ましたはシャルロットとジュリエッタで、二人はまず、自分の体に人間界で体験したような重みがあるのに驚いた。

「あ、これ、人間界で生活していた時と同じ感覚だわ!」
「ほ、ほんとだ…!…う、でも、ちょっと、動きづらいね…」

隣合うシャルロットとジュリエッタは、それぞれが発した声に違いがあるのに更に驚き、お互いを見て動きを止める。
シャルロットの声は、まるでグラスを弾いた時のような通る高音。耳障りではないその高い声に、ジュリエッタはくすぐったそうに首を引っ込め、自分の肩で耳を擦った。
一方ジュリエッタの声は非常にか細く、風が吹けば掻き消えそうな弱々しいものだった。よく耳を傾けていないと聞き逃してしまうかもしれないその声。じっくり聞けば、少しだけ低めのボーイッシュな声だった。

「ジュリエッタ、貴女、もっと大きくハキハキと喋った方がいいわよ?言ったことが聞こえないんじゃ、発言する意味がないでしょう?…あ、べ、別にこれは貴女の為にアドバイスしてるわけじゃないから。私が聞こえないと面倒だから言ってるだけよ。だから変に勘違いしないでちょうだい?」
「え?あ、う、うん…」
「それにしても貴女…どうしてそんなに地味なの?もっと目立つ姿を想像すれば良かったのに。茶髪にアンバーの目なんて…せっかく自分の想像したものに近い姿になれるのに勿体ないじゃない。まぁ…服装だけはなんていうか…どこぞの王子様みたいだけど…」

シャルロットが言うように、ジュリエッタの姿は目立った特徴が殆どない。外ハネの茶色い髪を後ろで一つに結っており、眉は困っているのかなんなのか、常に情けなく下がっていて目は涙に濡れている。よく見れば、瞳孔は楕円形をしていて、そこだけは何故か特徴ある箇所だった。

「えと…シャルロットは…綺麗なブロンドだね?目も…その…宝石みたいな…なんて言ったっけ?…アイオライト、だったかな?それに似た綺麗な色してる。あと…その…む…胸…が…」

ジュリエッタは、若干困ったように目線を左右に揺らした。綺麗なブロンドの巻き髪。美しいアイオライトの目がこちらを見ている。その下方には嫌でも目が行くレベルの胸。これはいくら同性でも目のやり場に困った。
ジュリエッタの言いたいことがわかったのか、シャルロットは少し赤くなってそこを隠す。
良く見れば、自分はどこかの軍人のような服を着ているのに気付き、ジュリエッタの服を“どこぞの王子様”なんて貶している場合ではなかったと若干恥じた。

「シャルロットの目…瞳孔が少し小さいんだね。その…なんて言うか…ちょっと…あの…、………高圧的………」
「な、なによ…貴女だって楕円形なんていう摩訶不思議な形じゃないっ!高圧的で悪かったわね!傷ついてなんかいないんだから!フンッ!」
「あ、ご、ごめんね!許して!アタシ楕円形の瞳孔のくせしてシャルロットのことあれこれ言ってごめ………、え?楕円形なの?こ、怖い!え?!び、病気だったらどうしよおおおおおおお!」

二人があれこれ騒いでいると、その声でようやく目が覚めたのか、リゼットがむくりと起き上がり、二人に向かって人でも殺せそうな目で怒鳴りつけた。

「そこの縦巻きと泣き虫!今すぐ黙らないとその歯を根こそぎ全部抜いてやるわよ?!」
「ヒッ…?!」
「?!」

怒鳴られた二人は、驚きで肩を弾ませてリゼットの方に顔を向ける。そして更に驚愕した。自分たちは人間で言えば20代半ば過ぎの姿をしている。しかしリゼットはどうだ。同じ時期に生まれたはずなのに、どう見ても30代半ばの姿になっていた。

そして更に言えば、なんだかとっても背が高い。

「リ、リゼット?貴女、そんな姿を望んだの?」
「………は?」
「今すぐ自分の姿を見た方がいいわ。とにかく凄く大きいし、それに何より…なんて言うか…それじゃまるで…」
「おばさんね」

“おばさん”
その言葉に素早く反応してリゼットが振り返れば、そこには小さな“悪魔”がいた。

「あんた、勉強に時間かけ過ぎるからそんな風になっちゃったんじゃない?」
「な、に…?」

随分下に目線を向ければ、猫のような目をして腰に手を当てたまま、呆れたような顔をしている“何か”と目が合った。
恐らくこれはルースだろう。本人の“お気楽さ”を形容したかのように、外にハネまくるその白銀色の髪。毛先は薄紫に染まっており、目はまん丸のキャンディのようで、宝石のシトリンを思わせる黄色いそれが光を反射してキラキラ光った。瞳孔は先程も言ったように、猫のように細く縦に裂けている。
何故か大道芸集団にでもいそうな服を着ているそれは、耳障りなくらい滑舌がよく、ハキハキした物言いで容易にリゼットの琴線に触れた。

まさしくルースだ。

「推測するに、あたしらの年齢設定って多分、勉強に費やした時間に関係してると思うのよね。だってそうでしょ?あたしはどう見ても18、9だし。ほら、あたしの勉強期間って確か180年だったと思うし、恐らくこの考えは合ってるはず。シャルロットは250年とかそのくらい?だから25歳くらい。ジュリエッタは280年だから28歳くらい。この考えでいくと、あんたの場合は強制帰還で350年だから…」
「!!」

リゼットは慌ててカミーユへと走り寄る。今までの会話をのんびり聞いていたカミーユの首を思い切り締めながら、鏡を出せと要求して鬼の形相で詰め寄った。
そしてカミーユが顔面蒼白になりながら生み出した鏡に自身を映し出した途端、リゼットはドサッとその場に倒れ伏しピクリとも動かなくなった。

映し出された自分の姿。
女性にしては高い分類に入る自分の体。
それに伴いやたら長い銀色の髪。
肩がはだけ、もふもふのファーが付いた袖の長いドレス。
手の先を覆い隠すだけでは飽き足らず、足元まできっちり全て隠している。
個人的に許せる箇所といえば、そこそこ良いであろう目鼻立ちくらいなもの。
しかし無意識に寄せられた眉により、眉間には深い皺が刻まれている。
推定年齢35歳の目元には、それなりの“経年劣化”が確認できた。
更には、人間であれば到底こんな形状にはならないだろう瞳孔の形状。アメジスト色の目は許せても、十字の瞳孔など人間以前にこの世の生き物のそれではない。
まあ天界に生きる自分に、人間の尺度は必要ないのだが。

「………一体どういうつもりなの」
「え?」

ゆらりと起き上がったリゼットが、高身長故のタッパを活かして長い脚をひとたび振りかぶれば、少し離れたところにいたはずのカミーユを見事に蹴り飛ばし、数メートル先に転がしてしまった。

「ぎゃん!!痛い!!」
「………私は、私はこんな姿望んでいないわっ…。年齢が勉強期間に関係しているなんて知らなかったし、私が想像したのはこんな姿ではなかったはずよ。それになんなの…なんで…なんであの縦巻きはあんなに大きいのにっ…私は絶壁なのよ!ふざけないでっ!!」
「あ、後半は胸の話か」

蹴り飛ばされた挙句、背中を踏みつけられたカミーユが冷や汗を掻きながらそう答えれば、リゼットは余計に眉間に皺を寄せて踏みつける力を強くした。

「私はなにも想像しなかったはずでしょう?なのに何故こんな姿になるの」
「なにも想像しなかったから、私に任せてくれるんだと思ったのよ」
「任せた結果がこれなの?貴女仮にも神でしょう?なんなのこのセンスのないパーツ選びは。絶壁はちゃんと直してもらうわよ」
「直したいのは胸だけなのね」

とにかく年齢はどうしようもない。体をもう一度作り直すと言っても、自分で考えるのなんて面倒だし、カミーユに任せたらまた同じような出来になるだけだ。それならせめて胸だけでも直してもらわねば。リゼットはそう思っていた。

自分だけこんなのは不公平だ。
自分だけ。
自分だけ。

「あんただけじゃないよ?あたしもおっぱいツルーンだし」
「貴女のことなんて聞いてないわよおチビ」
「ちょっとぉ、誰がおチビよババア」
「………。」
「………。」

カーーーンッ。

リゼットとルースの間に、新たなる戦いのゴングが鳴った気がした。

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