絶倫Angel-X-

方通行片想い


サンスペードの国民は皆、血気盛んで喧嘩っ早いのが特徴である。
そんな国民達が決して内戦を起こさないのは、偏にシャルロットの統率のお陰であった。

定期的に国民の有り余る闘争心を発散させるべくイベントを行ったり、国境付近の警備を義務化して当番制にし、目に見えない危機に対する緊張を常に持つ事により、やり場のない闘争心を集中力に変換したり何だり。城内で剣術の定期テストを実施して、合格ラインに達しない者には強化合宿的なものへの参加を義務付けたり色々色々…。とにかくサンスペードの国民は、洩れなく全て、何かしらの武闘に長けていた。
そういった荒くれ者どもを纏め上げる女王シャルロットは、いつも凛として美しく、それでいて勇ましく逞しい。そんな女王の様子が最近どうもおかしいらしいと、国内で俄かに噂されている事を天使セシリアは耳にした。
なのでセシリアは、今まさに執務室の窓辺で溜め息を吐いているシャルロットの前に跪き、控えめにその理由を問うてみた。

「我が女王。ここ最近幾度かそのように溜め息を吐かれている場面を目撃致しますが…一体どうなされたのですか?」
「ああ…セシリア…別に、何でもないわ。ただちょっと、溜め息が出てしまうだけよ」

セシリアの方を向かず海を眺めたまま、シャルロットはそう言ってまた溜め息を吐く。そんなシャルロットの状態を見て、“何でもない”などという言葉を鵜呑みに出来るわけもなく、セシリアはその場はとりあえず大人しく引き下がり、その足で城の外へ向かうと颯爽と空へ舞い上がりとある場所を目指した。







「たのもう」
「あれ?セシリアじゃないか。どうしたの?君がうちに来るなんて珍しいね」

セシリアがやってきたのはダイヤムーン。城の前で竹箒を持ちながら掃除などしていた姉のジリオルを見掛けて声を掛ければ、声を掛けられた方はのんびりと箒を置いて首を傾げる。

「ご無沙汰しておりますジリオル姉様。今王は城にいますか?」
「ルース?今は街に出てみんなのお手伝いしてると思うけど…君がルースに用なんて本当に珍しいね。あ、シャルロット女王に何かあったの?」

ジリオルの言葉にグッと眉を寄せ、言おうか言うまいか迷うような素振りを見せたセシリアだったが、ジリオルが上体を曲げて顔を覗き込んできたので仕方なく白状する事にした。

「実は…我が女王シャルロット様が、ここ最近溜め息ばかり吐いて仕事に身が入らず、浮かない顔ばかりされているのが心配で…。しかもそのせいで睡眠もあまり取れていないようで、尚の事心配なのです」
「ふぅん、そうなんだ。まあ用件は分かったけど、それをルースに伝えて君はどうしようっていうんだい?」
「我が女王があの様な状態になったのは紛れも無くルース・ダイヤムーンの所為。ルース・ダイヤムーンが毎日毎日我が女王に手紙を寄越すものだから、我が女王はあの様な状態になっているのです。ならばその原因を潰すのは当然ではありませんか?」

シャルロットがダイヤムーンとの交易遮断を解除しない事に不満を抱くルースは、毎日毎日手紙をしたため、可愛がっているカラスの足にそれを結びつけるとシャルロットへ届けさせていた。何が原因なのか。不満があるなら教えて欲しい。改善点を話し合おう。等々、ルースは何とか交易遮断を解除して欲しくて手紙を書いた。それは勿論国の為であり、流通の為に必要な事だから。しかし個人的にもシャルロットとは仲良くしていたし、そんな相手に突然「貴女とは距離を置く」的な態度を取られたら、誰だって原因を知りたくなるのは当たり前の事だろう。
そんな手紙が毎日届き、シャルロットはそれを律儀に全て読んでいた。手紙の内容はどれも交易遮断の解除要請。文中にシャルロットの様子を窺う一文があれど、それは結果的に交易再開の顔色伺いでしかない。

シャルロットはそれが不満だった。

ダイヤムーンとの交易を遮断したのだって、同盟国であるサンスペードをほったらかしにして、クラブミストと何百年も戦争をしているのが気に入らないから。少しは助けを求めてくれてもいいのに。少しは助言を仰いでくれてもいいのに。シャルロットは人命に直接関わる事の無い戦争だからといって、ルースから何の要請も無かった事が悲しかった。まるでルースはリゼットと二人の世界を楽しんでいるようで、入り込む隙なんて全く無いようで、置いてけぼりにされているようで寂しかった。

一番仲が良いのは私なのに。一番近くにいるのは私なのに。貴女の味方は私だけなのに。

シャルロットの中で、そういった思いが沸々と湧き上がってきた。そしてその気持ちは次第に、“自分がルースにとってどれだけ重要な存在か分からせる”という、自分勝手な行動に繋がっていった。
それがどれだけ自国に不利益かもわかっている。ダイヤムーンを、ルースを困らせている事も重々承知している。それでもそうせざるを得なかった。そうしなければ自分の気持ちが収まらない。

自分が必要だと、ルースに言って欲しかった。

「我が女王はルース・ダイヤムーンの手紙に心を乱されているのです。ジリオル姉様からもどうか、手紙を送る事をやめるよう言ってください。これ以上手紙を送れば、我が女王シャルロット様はどんどんおかしくなっていく。同盟国の女王であるシャルロット様をそのような状態にして何がしたいのか。女王を弱らせた隙に戦争を仕掛けてくるつもりなら、それ相応の覚悟をしておけとお伝えください」
「うーん。可愛い妹の頼みだし、聞いてあげたいのはやまやまなんだけどさ、それはちょっと私には聞けないお願いかなぁ。ねぇセシリア。君は考え過ぎだよ。ルースは戦争なんて起こさないし、そもそも、手紙を送らなくちゃいけない状況を作ったのはそっちの女王様じゃない。うちのルースは何も悪くないし、自国を思って相手国にそういう手紙を送るのは至極当然の行為でしょ?君のところの女王様は、もしルースが突然サンスペードへの流通を止めて、その理由も何も教えなかったとしても、何も聞いてこないでそのままにしておくような人なのかい?違うでしょ?何でそういう事になったのか、理由さえ教えてくれればルースだって手紙を送るのをやめると思うよ?君こそそっちの女王様に言ってやってよ。いい加減ルースに交易遮断の理由を教えてやってって」
「む、むぅ…」

ジリオルの言い分に言葉を失ってしまったセシリアは、子供のように口を尖らせて俯いてしまった。
その時、丁度国民の仕事の手伝いを終えて街から戻ってきたルースが、神妙な顔つきで向かい合う二人の姿を見つけて声を掛けた。

「あれ?そこにいるのはジリオルと…わ、めずらしー。セシリアだ。なに?遊びに来たの?サンスペードと違ってなんも無いけど、まぁゆっくりしてってよ。あ、お茶淹れようか?」

顔面泥だらけで服も埃まみれのルースに怪訝な顔をし、セシリアは一歩下がって吐き捨てるようにこう言う。

「貴様の淹れた茶など飲まん」

汚いから寄るなと言いたげな目をし、更にはお前の淹れたモンなんて飲んだら死ぬわと言わんばかりのオーラを醸し出しながら、セシリアはジリオルに頭を下げるとさっさと上空に舞い上がって行ってしまった。
そんな態度を取られても、ルースは笑顔で空に向かって手を振り「また来てねー」なんて声を掛ける。その隣でジリオルは、汚れたルースの顔をタオルで綺麗に拭いてやった。

「もー。採掘のお手伝いをするんなら、専用の服を着て行きなってこの前言ったばかりだろう?こんなに汚しちゃって、洗って乾くまでガウンで過ごすつもりかい?」
「え?予備のシャツとズボンあるからそれでいいでしょ?」
「また汚すかもしれないだろう?ここの人達は君の事を友達か何かだと思って、平気で門の外から呼び掛けてくるんだから。そのうち朝早くに“ルーーーぅスちゃーん”“は〜ぁ〜い〜”とか始めるんじゃないだろうね…」
「猫の格好した乗り物とかに会えたりするかな?」
「君一応十代だから可能性はあるんじゃないかい?」
「お、アタシのボケにノッてきた」
「なかなかセンスあるだろう?」
「うん、いいね」

二人で笑いながら城に入ると、そういえばと手を叩いたジリオルが先程のセシリアとの話を簡潔に纏めて報告する。

「セシリアがね、シャルロット女王が鬱になるから手紙書くのやめろさもないと殺す。ってさ」
「え、何であたしがキレられてんの?」
「だよね。だから私も、そっちの女王が交易遮断の理由教えてくれなきゃルースが裸でサンスペード領に侵入するぞって脅しておいたよ」
「ちょっと。あたしを勝手に裸にしないでよ。安くないんだから」
「あははは、冗談冗談。まぁでも、理由を教えて欲しいっていうのは本当に伝えたよ。君が彼女の気持ち知りたいのは事実だろう?」

そう問われ、ルースは微妙な顔で頷いた。

実は、交易遮断の理由については薄々感付いていた。あの4国会議の時は、何故そうなったのかわからず必死で理由を聞こうとした。しかしここ最近ようやく気付いたのだ。
シャルロットが何故突然そんな事を言い出したのか。何に対して不満を抱いているのか。

シャルロットは恋している。
どうしようもなく一途に想っている。
他のものが邪魔に思えるくらい真剣に想っている。

ルースは執務室に戻るなり、汚れた服を脱いでそのままジリオルに手渡した。それを受け取ったジリオルはガウンを渡し、汚れ物を籠に入れると一先ず部屋の隅に置いてやる。そして二人してソファーに腰かけると、言いにくそうに口をもごもごさせながら、ルースがちらりと隣を見てこう言った。

「あたし、わかったっぽい」
「え?交易遮断の理由?」
「そう。シャルロットはね、今猛烈に好きな相手にアピールしてる途中なわけ」
「好きな相手?」
「気付いて、気付いてって、ずーっとずーっと伝えてたわけ」
「あ、なるほど。ははーん。そうかぁ、だから君の事…」
「ほんっとニブチンなんだからジュリエッタは!!」
「は???」

ルースの口から出てきた名前にジリオルは目が点になる。どうしてここでレインハートの王ジュリエッタの名前が出てくるのか。大体、ダイヤムーンとサンスペードの交易遮断に何の関係も無ければ、むしろどこに関係性を見出せばいいかわからないくらい空気な名前なのに。
ジリオルはここで初めて“恋愛感情”という物の関与に気付いた。そうだ。この世には恋愛感情というものがある。それは当然統治者の四人にも備わっているだろうし、この大陸ではどの国も、同性愛や同性婚を規制していない。恐らく現時点で統治者四人にそういった考えが思いつかないからだろうが、とにかく現段階では同性への恋愛感情はタブーではない。それに創造主の口から“統治者同士で好き合ってはいけない”とも言われていない。そういった方面には創造主は口を出さない主義だし、人間達をどういった方向に導くかは統治者たちに一任されている。よって、シャルロットが統治者の内の誰かに恋心を抱く可能性は十分にある。
ならば次は、残り三人の内誰に恋しているのかと考えれば、勿論ルースに行きつくだろう。まずリゼットに対しては親しくも無ければガン無視という程でもない。まぁ同業者としてお互い頑張りましょうね程度だろう。そしてルースが対象として上げていたジュリエッタだが、シャルロットの性格上、彼女を相手にするのは恐らく庇護欲を掻き立てられるからだろう。何でも熟せるシャルロットからすれば、挙動不審で決断力も無く、必要以上に怖がりで泣き虫なジュリエッタは保護対象でしかない。自分より年上でありながら頼りないジュリエッタを、シャルロットは放っておけないだけなのだ。

となればやはり、シャルロットが恋しているのはルース。
この地に立って以来ずっと同盟相手であり、統治者になる前の発光体時代からそれなりに仲もいい。そんな相手に、初めは何も思わなくとも、何百年も経てばその気持ちに変化が起きるのはおかしい事でも何でもない。
常に歴史を近い距離で歩んできた相手。何百年も特別な存在だった相手。国は離れていても、いつも“同盟相手”として繋がっていた相手。

それが…。

「ねぇ」
「え?なに?」
「あのさ、ルース、ちょっとリゼット女王と喧嘩するのやめてみない?」
「は?え、何で?ていうか、あたしじゃなくてあっちが勝手に喧嘩吹っ掛けてくるんだけど」
「いいからいいから!!もしかしたら、それだけで交易遮断解除されるかもしれないんだ。ね?ルースはリゼット女王より大人な内面を持ってるだろう?だったら、我が儘なリゼット女王に対して、大人な対応で余裕見せちゃってくれないかなぁ?」

特別な相手が自分に見向きもしないというのは、気持ち的にどんな感じなのだろう。ジリオルは恋などした事が無いので、もしかしたら間違った考え方をしているかもしれない。でも、きっとシャルロットはこう思っているだろう。

“私とお喋りするよりも、リゼット女王と喧嘩した方が楽しいのね”

「うーん…まぁ、あたしの方がおばさんより断然大人だから?別に喧嘩しないであげてもいいっちゃいいんだけど…でもシャルロットの恋心のせいであたしのトコが交易遮断食らってるのに、なんでおばさんの対処なんてしなきゃなんないの?関係なくない?」
「尾張名古屋のこんこんちきだよ」
「うわ、どこで覚えたのそんな言い回し…おばさんみたい」
「リゼット女王があの顔で尾張名古屋のこんこんちきって言う方が引くよ…まぁそんな事よりだ。とにかくリゼット女王との接触は、今後控えてもらっていいかな。交易遮断が解除されたとしても、当分の間はシャルロット女王にだけ構ってあげて」
「おばさんシカト作戦?まあいっか。あ、でも、シャルロットにばかり構っちゃったら、ジュリエッタとの時間が取れなくなっちゃうし…邪魔する事になっちゃわない?」
「なっちゃわないよ(そもそも彼女が好きなのは君なんだから)」
「ふぅん…まぁ、ジリオルがそう言うならそうする」
「ありがとう」

未だに少し納得いかなそうな顔をしているルースの頭を撫でながら、ジリオルはこの先の振る舞い方について考えた。シャルロットは余程嫉妬深いらしい。独占欲とは言わないまでも、構って貰えないととんでもない手段に打って出る。本人にも罪悪感はあるだろうし、そもそもが常識人で真面目な性格の彼女の事だ。今回のような行動に出た事で、一番後悔して思い悩んでいるのはシャルロットだろう。だから今後は、シャルロットがこういった行動を起こす必要が無くなるように振る舞わなくてはいけない。
しかしここで新たな問題が浮上する。ルースがシャルロットの気持ちに気付いていない上、シャルロットの恋の相手がジュリエッタだと勘違いしているという事。更に、ルースは自由気ままな性格であり、風のように生きる奔放な性格だ。自分が何かに縛られる事が何より苦手であり、自分が何かを縛りたいと思う事はこれまで一度もありはしない。恐らく今後も絶対にないだろう。そんなルースに、シャルロットと付き合う事が出来るだろうか。いやいや、ルースにだって選択権はあるわけだし、最終的には本人達がどうするか決めるべきなのだが、だがしかし、シャルロットとそういう関係になっておけば、“同盟相手”としての力の増幅量だけでなく、“夫婦関係”としてより一層の力の増幅が見込めるかもしれないのだ。万が一リゼット女王とそう言う関係になる事があったとしても、得られる物はシャルロットの物と比べて大したことは無いだろう。
結局は力の増幅量もお互いの気持ちの問題なのだ。どれだけ相手を想っているかでお互いの力を増幅させる量が定まってしまう。リゼット女王とそうなったらお互いマイナス値は逃れられない。そうなるとやはり、選ぶべきはシャルロットなのだ。ジュリエッタには申し訳ないが、シャルロットとルースにはくっついてもらった方がいいだろう。

お姉ちゃんとは相変わらず会いにくいままになるけどしょうがない。

「何ブツブツ言ってんの?」
「あ、うん何でもない」
「ねぇ、これからサンスペード行かない?」
「え?今からかい?」
「そう。だって、あたしがシャルロットに構いまくれば、交易遮断解除してくれるかもしれないんでしょ?」
「うん、そうだね」
「じゃあ善は急げ。早速行こうそうしよう!!」

ガウンを脱ぎ捨てて、裸で執務室を出て行こうとするルースを慌てて引き留め、ジリオルは替えのシャツとズボンを渡して着替えさせる。
本当にルースが裸でサンスペード領へ侵入するところだった。危ない危ない。

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