絶倫Angel-X-

ンナイトなんとか


衝撃的な出来事が連発した一日も漸く終わりを迎えようとしていた。署内の人間は各々帰り支度を始め、当直の人間はそれを羨ましがりつつ夜食のメニューを考える。
マフィア対策チームはといえば、マフィアの活動が激化しない限りは基本定時上がりが可能な部署である。ホリーは美味しそうな料理が掲載されているグルメ雑誌を片手にミシェーラをディナーに誘い、ミシェーラはそれに嬉しそうに応えていた。アレトはする事も無いのでさっさと帰宅準備を始め、レイチェルは今日ミシェーラが仕上げた書類の最終チェックを行い、上司に内線やら署内メールやらで報告していた。

「アレト今日も真っ直ぐおうち帰るの?」
「ん?まーね。やる事ないし家にいる方が落ち着くし」
「アレトも恋人作ればいいのにー。お仕事終わりのディナーデート最高だよー?」
「はいはい惚気乙ー」

デレデレするホリーとその隣で恥ずかしそうに顔を伏せているミシェーラに手を振り、アレトは電話報告中のレイチェルのデスクの前に行くと、口パクで「お疲れ様でした」と伝えペコッとお辞儀し部屋を出た。









「ミシェーラちゃんここだよー」
「ここって、結構話題のお店でしょう?よく予約取れたわね」
「今日ミシェーラちゃんとの交際OK貰えたら、絶対来ようって思ってたんだー!!」
「OK貰えるかわからないのに予約したの?」
「貰えるように頑張るつもりだったからね!!」
「…そう」

ミシェーラは嬉しそうに笑ってホリーの手を握ると、並んで店に入り案内された予約席に着席した。
お高いホテルの上層階にあるお高いレストラン。大きな窓の外にはフィルドア中央区の街並みが広がっている。キラキラ輝く街の光を見下ろしながら、ミシェーラは「もっと可愛い服を着てくればよかった」と少し後悔した。まぁ今日こんな所に来るなんて知らずに出勤したわけだから、服装についてはどうしようもないのだが。

「きれーなとこだねー」
「そうね。眺めも最高だし、本当素敵なところ」
「ミシェーラちゃんが気に入ってくれてよかったー!!アタシね、ミシェーラちゃんが喜んでくれるなら何だって出来ちゃうよ!!」
「ふふっ、大袈裟ね。でも、私も貴女が嬉しそうにしてる顔が好きだから、喜んでくれるように頑張っちゃうかもしれないわね」
「ひゃー…ミシェーラちゃんが好きって言ったぁー…マジ録音したい…グフゥ…」
「それはやめて」

ぶるぶる震えながら感動しているホリーにツッコミを入れつつ、ミシェーラは運ばれてきた料理に再度歓喜の声を上げて嬉しそうに微笑んだ。

「ミシェーラちゃんマジ尊い…」
「え?何?」
「んーん、何でもない。ね、ミシェーラちゃん。アタシね、アレトとは別のとこに住んでるじゃん?」
「ああ、アレトはアパートに住んでるんだったわね。貴女はコンドミニアムだったかしら」
「うんそうそう。でね?一人暮らしって結構寂しいんだ。だからね、もしよかったらたまにうちに遊びに来ない?たまにでいーんだ、たまにで」

ワインを飲みながらちらちらと様子を窺うように質問してくるホリー。別に「今夜どう?」的なことを聞かれているのではなく、たまに遊びに来てほしいと言われているだけなのに妙に緊張してしまう。自分はレイチェルと二人、両親の残した一軒家に住んでいるわけだが、チームの最高責任者であるレイチェルは度々帰りが遅くなる事もあり、一人暮らしとそう変わりない生活をしている。たまにホリーの家に遊びに行くぐらいどうってことないし、そもそも大人なのだからとやかく言われる筋合いも無い。要は自分の気持ち次第というわけだ。

「駄目?ねー駄目?」
「………別に、駄目ってわけじゃ…ないんだけど…」
「ほんと?!じゃあ遊びに来る時は言って!!メールでもいいけど!!」
「あ、うん…」

ホリーの“下心皆無”な喜びように、返答を口籠った自分が馬鹿みたいで恥ずかしくなった。署内には何人か友人がいるが、何処かへ遊びに行ったり自宅に訪問したりはした事が無かった。唯一アレトとは何度か食事をしたが、さすが問題児と言うべきか、アレトの“悪いお友達”が頻繁に集まってくるので昼間しか同行が出来ない。こうして何度も何度も食事に出かける相手はホリーただ一人なのだが、そんなホリー相手にも自宅に行くという考えを抱いたことがなかった。
しかし今はもう友人ではないのだ。付き合っている者同士となったからには、家に行ったって問題ないし寧ろ行くべきである。

慣れない事をしようとしている自分に困惑したが、ミシェーラは喜ぶホリーの顔が眩しくて流されるまま返事をした。










今日も皆先に帰宅した。残っているのは自分と当直の人間だけ。
レイチェルはパソコンを弄りながら、薄っぺらくなった口内の飴をじゃりっと噛んだ。
今頃妹はホリーと食事をしている頃か。もしかしたら今日は帰って来ないかもしれない。いや、まだそれは早いか。まぁ別に帰って来なくても問題は無いが。アレトはすぐに家に帰ると言っていた。どんなところに住んでいるのか知らないが、まぁ夜中の街で遊び歩くより家にいてくれた方が安心だ。

「………。」

レイチェルも本来ならもう少し早く帰れるはずだった。しかし、記入漏れを見つけて修正を掛けていた書類を完成させ、再度報告をしたところ新たな仕事を押し付けられるという災難に見舞われこんな事になっている。レイチェルだって腹は減るし眠気だって襲ってくる。まだ夜中には程遠いが、デスクに座るより柔らかいソファーで寛ぎたい。
現在進行形で処理している書類を見ながら、レイチェルは空調の切れた肌寒い室内でふとアレトの体温を思い出した。

「………とても、温かかったわね」

手の平で支えた背中。腕で包み込んだ体。胸で受け止めた小さな鼓動。
思い出すだけで心臓がその動きを早くする。ドクドクドクドク体内で運動するそこを、レイチェルは手で押さえつけて顔を顰めた。
好きなら好きと言えばいいのに。そう囁いてくる自分に耳を塞ぎたくなった。この関係だから彼女は自分に付き合ってくれる。だから好きだなんて言ったらきっと駄目になる。もう一人の自分が唆してくる自分を押さえつける。そんな実りのない関係続けているだけ無駄。早く関係を切ればいい。横合いから更なる自分が口を挟んできて、脳内はぐちゃぐちゃの滅茶苦茶になった。

「…そんなに簡単な話じゃないのよ」

どの自分にもそう言って、レイチェルは作成途中の報告書を保存して帰宅準備を始める。
こんな状態で仕事なんて出来るわけがない。どうせまたミスが出るなら、コンディションを整えて明日作成した方がマシだ。上司には適当に、具合が悪いとか何だとか嘘を吐いてさっさと帰ろう。
支度を終えて上司へと嘘の電話を入れる。納得いかないような返事だったが、ここで妙な探りを入れるとレイチェルに何らかの嫌がらせを受ける。ので、上司は渋々といったようにレイチェルの帰宅を承諾した。

警察署を出て数歩歩くと、レイチェルは目の前に見慣れた姿があるのを見つけた。

「…何をしているの?」
「や、キャップと一杯飲もうかなって思って」

ベンチに腰かけていたその人物は、ヘラッと笑って立ち上がるとレイチェルの前まで歩いてきてニッと歯を見せる。
若干顔色が赤らんで見えるアレトがそこにいた。

「…すでに酒臭いのは気のせいかしら?」
「そりゃあアタシ上がったの結構前だし、時間がありゃお酒も飲みますよ」
「…すぐに家に帰ったんじゃなかったの?」
「あ、はい。うちで飲んでました」
「…わざわざ出てきたの?」
「はい。キャップと飲みたくて」
「…そんなほろ酔い状態で、ずっとそこのベンチに座っていたの?」
「警察署の前だし、妙な事しようって輩はいないでしょ。しかもアタシ“悪いお友達”いっぱいいる有名人だから」
「…そうだったわね」

いつの間にか首にぶら下がっていたアレトをそのままに、レイチェルは空腹を満たすために店を探す。するとアレトが「あそこがいい」と指差した方向に小さなバーがあり、仕方なくそこに向かって歩くことにした。

「…ほら、ちゃんと座りなさい。みっともないわよ」
「はーい」
「…私はちゃんとした食事がとりたかったのに、こんな所じゃ満腹になれないじゃない」
「まぁまぁ。いいじゃないですか。アタシどうしてもキャップと飲みたかったんだもん」
「………。」

小さな入口をくぐって入店すると、他に客はおらず適当にカウンター席に腰かけた。こちらに傾いてくるアレトの体を押し退けつつ、先程より頬の赤みが増したアレトに眉を寄せながらも、「どうしても一緒に飲みたかった」と言われて自分でも驚くほど気を良くしていたらしい。妙に口元が緩む。
アレトはこのバーの常連なのか、マスターに挨拶をしつつ「最初はアレね」と注文して手を振っていた。

「…貴女、ここには良く来るの?」
「あ、はい。署から近いし、マスターが気さくだからつい足運んじゃって。すっかり常連ですよ、あはは」

早速出されたシェリートニックに口を付けながら、アレトは上機嫌にそう言ってふはっと笑う。レイチェルはアレトの笑い方が好きだった。憎めない感じが何とも言えず、自分の中にある“気持ち”を過剰に揺さぶってくる。
どうしようもなく煽られる気持ちを誤魔化すように、レイチェルはマスターにジンフィズを注文すると、一旦視線をアレト以外の物に向けて気付かれないように深呼吸した。

「そういえばキャップって、お酒強いんですか?」
「………どう見える?」
「んー、どうですかねー。いつも棒付きキャンディーばっか舐めてますしねー。ま、酒豪…には見えないですけど」

その言葉に目を細めただけでレイチェルは正解を言おうとしない。実は滅茶苦茶弱いなんて知れたら、さっさとここを出ようと言われるに決まっている。折角アレトが一緒に飲みたいと言ってくれたのに、折角二人きりで夜のデートと洒落込んでいるのに、そんなことでこの貴重なチャンスを台無しにして堪るものか。
レイチェルは下戸だと悟られぬよう、極端にアルコール度数の弱いものは避け、しかし極力“難易度高め”な酒はスルーしようと心に決めた。

「あ、アタシもう半分くらい飲んじゃったんですけど、乾杯しましょっか」
「………そうね」

レイチェルの前にも注文した酒が出され、二人はグラスを傾けてチンッ、と軽い音を立てる。アレトは嬉しそうに笑いながらグラスに口を付け、レイチェルは今の乾杯がまるで合戦の合図であるかのような顔で、内心恐る恐るそれを口に含んだ。

「………。」

正直ジンフィズで倒れるような事はないのでまだ心配はないが、頬の紅潮はどうにも抑えられない。アルコールを摂取すると忽ち顔が赤くなるのは隠しきれない事実だった。

「あれ?キャップもう顔赤いですよ?早過ぎじゃないですか?」
「…大丈夫よ。別に酔ってないわ。赤くなるだけ」
「ふーん」

じーっとこちらを見つめてくるアレトから目を逸らし、咳払いをしてみせてもう一口煽った瞬間、隣から「マティーニ」と声がした。どうやらアレトが二杯目を注文したようだ。

「…貴女、ペースが速いわね」
「え?そうですか?アタシいつもこんなンですよ?」

酔ってはいるのだろうが、アレトはしっかりとした口調でそう答えてにへっと笑う。そのまま懐から箱を取り出しマスターに声を掛けると、その中から一本細い物を引き出して口に咥えた。
煙草だろうか。それにしては少し外見が違って見えるが。

「…煙草、吸うのね」
「あ、これ煙草じゃないんですよ。近いんですけどね。シガリロっていう、ドライシガーの分類に入る葉巻の一種。普通の葉巻より煙も臭いも少ないんで、結構気に入ってるんですよねー」

アレトは得意気にそう言って、マッチで火を点けると慣れたようにふかし始める。レイチェルは煙草も葉巻もやらないが、別に嫌っているわけではないし、寧ろシガリロなる物をふかすアレトに色気すら感じていた。シガリロに添えた細い指も、シガリロを咥える潤った唇も、ふかす為に少しへこむ赤らんだ頬も、開いた口からポワリと広がる青白い煙も、その瞬間垣間見える真っ赤な舌も。何もかも色っぽい。
すると、ジッとその様子を見つめるレイチェルの視線を感じたのか、アレトはきょとっとした顔でそちらに向き直り首を傾げる。

「キャップ?どうかしました?」
「…いいえ、別に」
「そうですか…。あ、キャップ全然飲んでませんけど」
「…ちょっと休憩していただけよ」
「休憩?」
「何でもないから黙ってふかしてなさい」

グリッ。無理矢理正面を向かされてしまったアレトが不満そうに声を漏らすが、レイチェルは気にせず本日3口目のジンフィズにチャレンジした。酒独特の匂いが鼻を抜ける。その瞬間少しこめかみが痛んだが、ちょっとした鈍痛なのでまだ耐えられると判断した。

まだ平気。まだ大丈夫。

「あっ、そうだキャップ」
「…何かしら」
「キャップってミシェーラと一緒に住んでるんでしょ?」
「…そうね」
「じゃあ今日は寂しい夜になりそうですねー」
「…何故?」
「だって姉さんとミシェーラ、今日はもう二人の世界でしょ?」
「……………今日付き合い始めたばかりよ?」
「いやー恋愛に“始まったばかり”とか“もう何年目”とかないでしょー!!ヤッちゃいますよ絶対っ!!」
「…………………………そうかしら」

ミシェーラはどこからどう見ても、誰が見たって堅物生真面目頑固者である。そんなミシェーラが付き合いたての状態で即一発!!なんて、はたしてそんな事が本当に起こるだろうか。いや、署での出来事もある。デスクに寝転がされ、まんまとストッキングを裂かれるという情けない事態を経験した張本人でもあるわけだ。もしかしたらもしかするかもしれない。
そうなるとレイチェルは急にソワソワし出した。今更妹の貞操が心配だとか、可愛い妹が野獣に襲われるかもしれない!!よし、狩ろう!!だとかは思わないが、妹とホリーの深夜の予定より隣のザルが気がかりでしょうがない。ここに来る前から家で飲んでいたと言っていたし、今もシガリロをふかしながら水でも飲んでいるかのようなスピードで3杯目に突入している。しかもバーボンロック。
いくらアレトの状態が“ほろ酔い”から一向に進まないとはいえ、もしかしたらとんでもないハプニングが起きてしまうかもしれない。例えばそう、酔った部下を自宅まで送り届けてからのワンナイトなんちゃらほい。

「………貴女、そんなに飲んで本当に大丈夫なの?」
「え?全然平気ですけど」
「………そう」
「もー。そう言うキャップは全然進んでないじゃないですかー。ほら、キャップのカッコイイとこ見せてくださいよ」

酒が飲める=カッコイイかと聞かれたら全力で否定するが、アレトはキラキラした目でレイチェルを見つめている。クールでドSなレイチェルが、すかした顔でジンフィズを飲むところをどうしても見たいらしい。変な趣味である。

「………仕方ないわね」

レイチェルもレイチェルでカッコつけようとするものだから、事態はいよいよ悪い方向へ進んでいく。勿論レイチェルにとって悪い方向へ、だが。

グラスを煽るその姿にアレトは益々キラキラとした眼差しを向けた。レイチェルの顔面が明らかに青白くなっているのにも気が付かず、大好きなアイドルでも応援しているかのようなノリで「キャップかっこいー」と煽りまくる。レイチェルはまるで病人のように真っ青になり、飲み干したグラスを力なくカウンターに置くと、隣ではしゃぐアレトを手で静止してフラリと手洗いに向かった。

どうやら限界のようだ。

「アレト、お前あの人に無茶させすぎだろ」

マスターが苦笑交じりにそう言えば、アレトは悪びれた様子も無く無邪気に笑ってこう言った。

「だって、アタシの為に頑張るキャップ可愛いんだもん」

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