絶倫Angel-X-

熱鉄板焼きin冷蔵庫


「ねぇキャップ」

先を行くレイチェルに声を掛け、アレトは少し困ったような顔でその袖口をクイクイと引っ張った。

「…何かしら」
「えーと、やっぱりアタシ、キャップからお金貰うのはちょっと抵抗あるんですよねぇ」
「…貴女に抵抗があろうが無かろうが、私と貴女の関係性はそういう物なんだから仕方ないでしょう?私は自分の欲求を満たす為に貴女とそうなってるし、貴女だってそれで“生計を立てている”とさっき言ったじゃない」
「まぁそうなんですけど」
「…直属の上司だからと気にするなら、そもそもこういう関係にならなければよかったのよ。違う?」
「はぁ…」

実際問題レイチェルの言っている事は正しいし、それを“生業”にしているなら、相手が誰であろうが貰うものは貰わなければいけない。レイチェルにしてみれば、本人に告げる事の出来ない想いを抱えている状態で、「お金貰わないんで関係解消してくれませんか?」なんて言われたらかなりのダメージを負うわけだが、それでもアレトの言い分はおかしいと指摘しなければ気が済まなかった。
自分とは恋愛関係にない。こちらは“客”なのに料金すら払わせてもらえない。自分はアレトに欲求の処理を“させている”だけ。

こちらとしても、どんな形であれ何かを与えてやりたかった。
それが“料金”という、何のロマンもない物だったとしても。

「…貴女は現場で街の物を破壊したり警察車両を破壊したり、色々しでかしてその度にお給料から修理費を天引きされているんだから、こういうところで稼がないと生活が苦しくなるわよ?」
「キャップに生活の心配されるとは思いませんでしたわー。あはは」
「…そういう事だから、ちゃんと私からも料金を取りなさい。いいわね?」
「んー、じゃあお言葉に甘えて…」

漸く首を縦に振ったアレトに内心溜め息を吐きながら、レイチェルは自分達の部屋の前に戻ってくるとそのドアを躊躇いなく開けた。
自分達の仕事をする部屋なのだから、躊躇う必要なんてない。だから思い切り開けた。

開けた瞬間レイチェルは、心底“躊躇えば良かった”と後悔した。

「うぎゃっ!?キャ、キャップ!?お、お早いお戻りでっっ…!!」
「だから仕事場でこんな事はやめなさいって言ったのにっ…!!」

レイチェルは目の前で起きている事を処理するのに数秒を要した。まず自分の妹がデスクの上で寝転がされている。そしてその前で同僚が妹の太ももに手を添えている。その手は何故か黒くなっていた。いや、正確には黒く見えるだけ。何故ってそれは、妹の黒いストッキングを破いて、その中に手を突っ込んでいるから。

同僚が、妹の、黒いストッキングを破いて、その中に手を突っ込んだまま、慌てたようにこちらを振り返っている。

「ソレヴィーユ姉。ちょっといいかしら」
「ひゃいっ!!なんでひょうかっ!!」

パッとミシェーラから離れてあわあわするホリーににっこり笑い掛け、レイチェルは思い切りその足を踏みつけグリグリしながら状況の説明を求めた。

「一体何をしていたのソレヴィーユ姉」
「え、えっと、そのっ!!」
「勤務中は同僚として振る舞うようにと言ったはずだけれど」
「は、はいっ!!記憶しておりますですっ!!」
「今の行為は同僚としてすべき行為なのかしら」
「いいえ違いますですっ!!」
「次にこういう事をしたらどうなるか、わかってるでしょうね?」
「はいぃっ!!」

まさに(>Д<)という顔をしながらホリーは背筋を伸ばし直立する。その間も足をグリグリ踏まれているわけだが、ここで「痛い」だの「やめて」だの言えば更にグリグリされること請け合い。ホリーは涙を我慢しながら自分の足がグリグリ地獄から解放される時をただただ待った。

「…ミシェーラ、貴女もよ。隙を見せてストッキングを破かれるなんてまだまだね。もっと精進なさい」
「は…はい…」

ホリーの後ろでスカートをグイグイ引っ張りながら破かれた部分を隠すミシェーラ。三人の会話を入り口で黙って聞いていたアレトは、内心「アタシ等の方が不純な関係持ってるじゃないですかヤダー」とか自身にツッコミを入れつつ、とりあえず姉の足が限界そうなのでそっとレイチェルに近づき声を掛けてやる。

「キャップキャップ。姉さんの足が死んだら現場指揮はキャップの担当になりますけど、いーんですか?」
「さっさと足を冷やしてきなさい」

アレトの言葉にレイチェルは何事も無かったかのように足を退け、ホリーを手で払うように医務室へ追いやると自分のデスクに戻り、その引き出しから開封前の黒いストッキングを取り出しミシェーラに投げ渡した。

「…使いなさい」
「あ、ありがとう…」

ミシェーラのようにタイトなスカートの制服を選ばなかったレイチェルは、勿論パンツルック(自前のスキニーパンツ)だしその下は冬でも夏でも年中素足である。締め付けられるのが嫌なのか何なのか、ミシェーラがストッキングの重要性(細く見せたりむくみを解消したり云々)をいくら説明しても、頑なに使用を拒否し続けていたはずなのに。そんなレイチェルの引き出しから出てきた黒いストッキングに、ミシェーラは若干首を傾げながらも有り難くそれを頂戴した。
アレトはそれを見ながら自分のデスクに戻り、「アレってもしかしてアタシに履かせる用だったんじゃ…」と薄ら笑いながらレイチェルに視線を送る。ミシェーラが履けるサイズなのだとすれば、十中八九その線で間違いない。するとそれに気付いたレイチェルが不機嫌そうに飴の包装を剥がしつつ、「今度また買ってくる」的な目線を送ってきたので思わず吹き出してデスクに突っ伏してしまった。

「アレト?どうしたの急に笑いだして…」
「ぅ、うんっ…ちょっとキャップの顔見たら笑っちゃって…っ」
「レイチェルの顔?…………凄い形相で貴女の事睨んでるわよ…」

ガジガジと飴を齧りながら恐ろしい顔で睨みつけてくるレイチェルを確認し、再び吹き出したアレトの背中をミシェーラは擦ってやる。何が面白いのかわからないが、アレトは時折こうしてレイチェルを見て笑っては、痛いほどの非難の眼差しでグサグサと串刺しにされている。妹のミシェーラからしても相当のドSであるレイチェルに対して、こんな態度を取れるのは署内でもアレトだけのような気がしてならない。
まぁ仲が良いのはイイ事だし、レイチェルも言うほど気にしていなさそうだから問題にはしないが、一体二人がこうまで接点を持ったのはいつからだろう。
ホリーとミシェーラはチーム結成時から何かとコンビを組んで行動していたし、ミシェーラが事務担当に落ち着いた後も良くホリーの誘いで飲みに出かけたりしていた。その背景にはホリーの恋心があって、先程めでたく交際スタートとなったわけだが。
レイチェルとアレトは、言ってしまえばただの上司と部下で、威圧感だけでキャップの座に就いたある意味強者なレイチェルと、現場で暴れ回るせいでどの部署からも問題児扱いされている厄介者のアレトとは何の共通点も接点も感じられない。しかし事あるごとにレイチェルはアレトに構い、そのアレトはレイチェルに大人しく従って上手く仕事を熟している。扱いにくさで言ったら似たモノ同士なのかもしれないが、時に尻を蹴り飛ばされ、時にこめかみを思い切りグリグリされ、時に鳩尾をボールペンでウリウリされても笑っていられるアレトは凄い。

もしかしたらドM?とも思いはしたが、どう見てもアレトはドMではない。
普通に痛がっているし躱したりもしている。
しかしレイチェルに対して、怖がる素振りも警戒する素振りも見せない。

「ねぇアレト。貴女、レイチェルに弱味でも握られてるの?」
「は?なにそれ」
「だって…レイチェルに結構色々されてるのに、よく嫌にならないなぁと思って」

心配してくれているらしいミシェーラに、アレトは笑いながら「大丈夫大丈夫」と手をパタパタさせた。ミシェーラの言う“色々”なんかよりも、もっと“色々”している関係だから。と心の中で呟いて、目線をレイチェルへと向ければサッ!!と逸らされまた吹き出した。

「(結構気にしてる…!!)」

アレトが自分に対して恐怖を感じているんじゃないか。それが気になってレイチェルは二人の会話に聞き耳を立てていたようだ。しかし急にアレトと視線がぶつかって、思わず視線を逸らした拍子に頬杖がずれてズッコケた。
ミシェーラはその音に驚きそちらを確認し、恥ずかしい現場を妹に見られたレイチェルは誤魔化すように引き出しから新たな飴を取り出して包装を引っぺがす。

「キャップってほんと可愛いわー」
「え?!レイチェルが可愛い?!」
「可愛くない?ああやってドジやると不機嫌になって飴食べだすとことか」
「う、うぅん…貴女の“可愛い”の基準が分からないわ」

困惑するミシェーラに再び笑い掛け、そのついでにレイチェルへとウィンクして見せれば、レイチェルは舐めていた飴をわざわざ口から出してベロッとひと舐めして再び咥える。

どうやら今の“サイン”は気に入ってもらえたようだ。

「ただいま医務室より帰還しましたぁー!!」

不思議な和み空間に戻ってきたホリーの声で、レイチェルは先程アレトに見せつけるように“いやらしく”舐め上げた飴をゴリッ!!と噛み砕きそちらに顔を向ける。
一定時間が経過すると反省がリセットされるホリーの大声に、レイチェルの琴線は触れられまくってブチ切れた。

「うるさいわよソレヴィーユ姉」
「ヒィッ!?キャップが凄い睨んでくるっ!!」
「…足はどうなの?ちゃんと冷やして貰えたんでしょうね」
「あっ、はい!!これこの通り!!」

履いていたパンプスがスリッパに変わっているその足元には、大袈裟に包帯が巻かれており元のサイズの倍くらいの厚みになっていた。

「…随分“肉厚”になったわね」
「いやー、これやってくれた子が新人君だったんですよー。一生懸命処置してくれる姿に感動しちゃって、アタシ思わず“ありがとう”の気持ちを込めて抱き着いたら、何故かその子ぶっ倒れちゃったんですよねー。なんでだろ」

自分が署内のアイドル的存在なのを忘れているのか、ホリーは心底不思議そうに首を傾げて頭上に疑問符を飛ばす。レイチェルは呆れたように溜め息を吐きふとミシェーラの方を見れば、少しばかり不機嫌そうに頬を膨らませてジロリとホリーを睨んでいた。

「…ソレヴィーユ姉」
「はい?」
「…ミシェーラが妬いてるわよ」
「えっ?!」

その言葉に驚いてミシェーラに駆け寄るホリーだったが、レイチェルの言う通り絶賛ヤキモチ妬き中のミシェーラに華麗に躱されショックを受ける。ホリーは何度も何度も抱き着こうと試みるが、その度ヒラリと躱されて、まるで「別の人間に抱き着いた体で抱き着こうとしてんじゃねぇ」と言いたげな目で見られ真っ白になって頽れた。

「ミシェーラちゃんがアタシを拒絶するなう…」
「きょ、拒絶じゃないわよ!!貴女自分が署内でどういう立ち位置か思い出してみなさい?!貴女に抱き着かれたら男性なんて、そういう気になるか嬉しさで気絶するかどっちかでしょう?!」
「だだだって!!そんなこと言われても、アタシにはミシェーラちゃんいるしぃ…そんな気になられても困るよぉぉぉぉ…」
「だから、もっと考えて行動しなさいって言ってるの!!わかった?!」
「うんっ、わかったからギューしていい?」
「もうっ!!またレイチェルに怒られるわよっ?!」

へらっと笑って腕を伸ばしてくるホリーに、文句を言いつつも近づいて大人しく抱き着かれてやる。そんな二人に凄まじい表情をしながら飴を噛み砕くレイチェルに、面白半分でアレトが「キャップも抱き着きます?」と腕を広げて見せれば、何を思ったかレイチェルがすくっと立ち上がり一直線にアレトの元までやってくる。そして座ったままのアレトの脇に手を差し込み強制的に立ち上がらせると、そのままギュウッと抱き込んで行動を停止した。

「?!!!」
「?!!!!!!」
「(おっと?)」

最初に驚いたのはミシェーラ。丁度その現場が見える位置でホリーに抱き着かれていたから。そして次にホリー。強張ったミシェーラの体を不思議に思ってその視線の先を確認し、同じように仰天して目ん玉をひん剥いた。最後はアレト。本当に抱き着かれるとは思わなかったし正直結構驚いているのだが、レイチェルはドSなのでこうする事で自分を焦らせたいのかもしれない。と、アレトは考えた。

なので、こちらも意表を突く為に抱き着き返してやった。

「?!!!!!!!」
「?!!!!!!!!!!!!!」
「………。」

更に驚くミシェーラとホリーを尻目に、レイチェルは自分の腕の中にいるアレトの肩に顔を埋めながら自分の鼓動に耳を傾ける。ドクドクと急かすように打ち鳴らされる音。その中心でキュゥゥゥッと締め付けられる音がする。その場所が思いのほか痛くて、レイチェルはそれを誤魔化すようにもっと強くアレトを抱き締めた。

「キャップキャップ。苦しいんですけど」
「…………こうされたいのかと思って」
「いやぁ、背骨へし折られたいと思うわけないじゃないですかーもー」
「…そう。それは残念ね」

十分アレトの体温を記憶したところで、レイチェルは投げるようにアレトの体を放してデスクに戻る。勢い余って倒れそうになるアレトの体をホリーとミシェーラが受け止めれば、見てはいけない物を見たような顔をした二人がアレトにコショコショと耳打ちをした。

「ねぇキャップどうしたの?なんで抱き着いたの?てかマジで背骨へし折る気だったの?」
「レイチェルが貴女に抱き着いた瞬間、私この部屋が巨大冷蔵庫になったんじゃないかって思うくらい背筋が凍ったんだけど…」

二人の言葉にふはっと吹き出し、アレトは今やデスクに座り背を向けているレイチェルの姿を見てニヨッと口を歪める。

「(めっちゃドキドキしてた)」

あの人もドキドキするんだぁ、と新たな一面を発見し、先程のレイチェルの体温を思い出して再度笑った。

レイチェルの体は、熱でもあるんじゃないかと思うくらい熱かった。

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