目が覚めたとき、教室の中は鮮やかな夕陽に赤く染められていた。
終礼も済み、ぞろぞろとクラスメートが教室から出て行く中、自分はもう一度席について顔を伏せた。
そこからの記憶が全く無いのだから、多分今まで寝続けていたのだろう。
となると約二時間半が過ぎていることになる。しまったな、と流川は小さく舌打ちをした。
時計を見ると六時を少々過ぎたところである。三井は一人で帰ってしまったかもしれない。

ジャンケンで一発一人勝ちという栄光の賞品として三井に与えられのは体育祭実行委員という肩書きである。
流川はそれについてもう何万回も愚痴を聞かされてきたのだ。

そんな実行委員も二学期が始まれば早速活動は活発になり、三井も勿論それに洩れることはない。何より更正した元ヤン三年生の三井を知らない者は居ないので、皆、何かと三井に重要な役割を回そうとするのだ。
それが三年生に対しての気遣いからなのか、ただの嫌がらせなのかを判別する術は無いのだが、どちらにしろ三井は迷惑極まりないと言う態度で会議に参加していた。

大体五時には終わるから、駐輪場で待っていやがれと言われたものの、既にそれから一時間も過ぎてしまっている。
怒りながら三井が起こしに来た様子も無いことから、呆れて帰ってしまったようだ。

なんとなく申し訳ない気持ちになりながら、いつまでもここにいてもしょうがないと机の横に置いてあるエナメルバックを肩に掛け、教室を出た。


「……三井先輩?」


流川の教室を出てから右にずっと曲がった先に立っているあの後ろ姿は、間違えるわけも無く三井のものだった。だが、ぼそりと呟いただけの流川の声が届くはずもなく、三井は振り返らないままである。

「三井先輩」

さっきより大きくなった声で呼びかけると、聞こえたのだろうか、三井は少しだけ振り返った。


「あ…寝てて、スイマセン」


あれ、と流川は違和感を感じた。
いつもなら散々悪態を吐いて突っかかってくる筈なのに、三井は何も言わずにこちらを見ているだけだからだ。
そして、意味ありげに笑った三井はまた前を向き、更に廊下を進み出した。
暫く呆けていた流川だが、小走りになりながらも三井の後を追った。

「どこいく」

「……」

「帰んねーのか」

そう、三井の進む先には下へ繋がる階段が無い。あるとしても、屋上に行くための上り階段のみだ。
流川の呼びかけにも応えずに三井はその階段を上り続け、屋上へ辿り着いた。
教室で見た夕陽が更に濃く、不気味な色彩を醸し出す。

がし、と漸く腕を掴むと三井の歩みも止まった。なんだか様子が可笑しい所を見ると、やはり根に持っているのかもしれない。

「ずっと待ってたんだぜ」

ふいに三井が口を開いた。それは滅多に聞けない流川に対しての甘えたようなセリフだったからか、自然と流川の腕を掴む力が強くなった。

「もー離さねー」

どうとち狂ったのか流川の返答もプロポーズのようなものに変化している。
三井は未だ振り返らないが、流川の手を振りほどいてしっかりと繋ぎ直した。今度は二人、どちらの手にも強く力が込められている。


「うぉい、流川ー」

突然、大声で自分を呼ぶその声はここから何メートルも下のグラウンドから聞こえた。
下を覗けば笑顔の三井が手を振っているではないか。
あの表情を自分は良く知っている。失態を侵しても死んでも謝りたくないときに浮かべる笑みだ。そう分かっていても何度も許してしまうのだから、大層強力な作戦なのだ。

しかしそんなことを言っている場合では無い。
流川の思考は一時停止を決め込んでいる。
下にいる三井は自分が良く知る三井だ。
ならば今掴んでいる手は一体誰のものだというのか。

と、ふいに手に圧迫による痛みが走る。とてつもない力で締め付けている感じだ。
はっとして三井から手の方へと目を向けると

赤い何かが爪や甲にこびり付いた骨と皮しかない手がまるで二度と離さないとでも訴えるかのように、自分の手を掴んでいるのが見えた。
青白く腐食しているそれは、少なくとも生きている人間のものとは言えなくて、





「いやぁなんか、俺実行委員長にされちまって、ホンッと面倒なんだけどさ、お陰で色々長引いちゃってよ〜て、お前顔色悪くねぇ?」

三井が屋上へ到達すると、流川は普段通りの無表情でただ立っていた。何も知らない三井は流川に話しかける。
嫌がる素振りを見せながらも実は楽しんでいることを流川は知っている。畜生、もとはと言えばアンタがグレたのがそもそも悪い、それさえ無ければ自分はこんな目には合わなかった筈だ。
そう言ってやりたいが、鼻で笑われるのが相場なのでやめておく。

「これから屋上には行くな」

「人が心配してやってる側から命令か、生意気な」

「俺、あそこより昼寝に最高な場所知ってるっす」

しかも教師にもバレてないところ、と言う流川の言葉に三井はあっけなく絆される。

「ほーう、ま、良いけどよ」


腹減った、ラーメンでも食べて帰ろう、との三井の問い掛けに答えつつ、流川はひっそり胸を撫で下ろした。

扉が閉められる最後の瞬間まで、夏の終わりを惜しむ三井の鼻歌が屋上に響く。

もう夏なんて懲り懲りだ、と流川は一瞬背後を振り返り、今度は間違いなく三井の手を握った。






学校異界




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志輝の書く怪談話なんて所詮こんなものです
なんだかんだ初めて書いた〜ホラーもの
今時ありきたり過ぎて小学校も怖がってくれない(;;)
まだ暑いんで、ギリ夏ってことで!

三井が来るまでの流川とおばけちゃんはどういったやりとりをしたのかは、ご想像で(出たよお得意の人任せ)





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