夕方、リーマス・ルーピンは突然お茶に誘われた。
「リーマス、『信じられないけど世にもクソまずいパイ』というものを買ったのだけれど、一緒にお茶しない?」
「……それを僕に食べさせる気なの?そもそもなんでそんなの買うの。ねえ、きみの全てが謎だよナマエ、」
「まあいいからホラおいでってばさあはやく!」
「(グッバイ・トゥモロー!)」
The frog in the well knows nothing of the great ocean.
なみなみと注がれた紅茶を、さきほどから軽く3杯は飲んでいる気がする。どうも緊張しているらしかった。二人でお茶を飲むことは今までにも何度かあったのに、今日は何だか妙だ、とリーマスは思った。というのも、お茶に誘ってきた当のナマエ・ミョウジが、なぜか教室に入ったきり沈黙を守り、ただパイをもくもくと食べ続けているせいだ(リーマスも試してみたが、一口食べて「あと十年は要らない」と思った)。
長く使われていないらしいその空き部屋は古く、小さなソファときしんだ机以外には何もない。こんな場所があったことすら知らなかった。静かだった。
パイを一切れ食べ終えてようやく、ナマエが口を開いた。
「リーマス。無神経だとは思うけどさ」
「いや、『世にもクソまずい』ってほどの味じゃないとは思うよ……」
「ちがう、パイじゃないの」とこちらを見据えたナマエを見て、リーマスの首の後ろをびりりと何かが走った。石造りの硬い壁に彼女の声が当たって、ぱらぱらと落ちる。
――ああ、これは、予感だ。それもうんと悪いやつだ。
動揺し始めている自分の首の後ろで、「分かっていたことだろ?」と諦めるように囁く声がする。そうとも、分かってはいたんだよ。でも、やっとひとつ荷が下りたばかりだったのに、まったく、どうしてこのタイミングなんだ? リーマスは自分の能天気さを呪ってやりたくなった。
「ずっと聞こうとしてたんだけど」
さあ来るぞ。
「実は、わたし前から知ってるのよ」
もう間違いない。予想はついている。
「朝早くにあなたが、あの場所を通ること」
いつかこうなると思っていた。
「……なにか、あるんでしょう?」
誰にでも、なにかはある。