誰かの助けが必要だけど
それは誰でもいいってわけじゃない
The frog in the well knows nothing of the great ocean.
「知ってたんだ」
リーマス・ルーピンの切れた唇の間から溢れた問いに、「少し前からね」とジェームズ・ポッターが静かに答えた。
破れたシャツの裾をぎゅっと握る指に、血の気がなくなっているのが遠目にもわかる。指だけじゃない、顔面真っ青だ。いや、ここにいる全員が真っ青になっていた。おかしなもんだな、とシリウス・ブラックは思った。噂に聞いていたほどの恐ろしさは微塵もないが、それとは別の感情で背筋が寒くなった。まだ目の前のことが信じられない自分がいる。
「はじめは、きみがリンチにでも遭ってるのかと思ってたんだけど……そういうのは、まあ調べればすぐに分かるんだよね」
ジェームズは、つとめて冷静だった。感心すると同時に、シリウスは逆にある種の不安感にも駆られていた。こんな親友の姿を見たのは、今までで初めてかもしれない。
「嗅ぎ回るような真似してごめんよ。リーマス」
「……迷惑だよ」
めいわくだ、とリーマスはうつむいて頭を抱えた。か細い腕を血が伝い、芝生にぱたぱたと落ちてゆく。あちこち皮膚が切れている。その傷が彼の”正体”の証明を手伝ってくれてはいるが、明るい日の下では単に痛々しく見えた。思わず立ち上がったシリウスが彼の腕を取ろうとすると、リーマスの痩せた体は電気ショックを受けたように、びくりと飛び上がった。
それがスイッチになった。
「――なんなの!何なんだよ!どうして、こんな無責任に、僕の場所へ他人が踏み込んでいいわけがないんだ、勝手に、ほんとうに迷惑で最低だよ……最悪だ」
「おい、リーマス……」
「もういい。もういやだ、頼むから放っておいてよ、そばに来ないで。来てほしくない」
「確かに僕らはおせっかいで、無神経なバカだよ。けどね、」
「自覚してやっているならもっと最悪じゃないか!!」
くぐもった声が、震えている。泣きそうに顔が歪んでいる。その目は恐ろしいほどの憤りに満ちていて、思わずシリウスは後ずさってしまった。少し離れた場所にいるピーター・ペティグリューが、怯えたようにヒッと声を上げた。
呆然としたまま、シリウスがジェームズのほうへ顔を向けると、彼だけはやはり動じもせず、微笑を顔に貼りつけてさえいた。
「リーマス、本当に分からない? 僕らだって、遊びでこんなことができるほど考えなしじゃない。きみはそれを認めるのが怖いんだ。逃げ腰になって、嘘を吐くことを正当化してるだけさ」
「……何の関係もない君に、何が分かるの」
「関係、ない?」
「関係ないだろう!」
「リーマス・ルーピン」
いっそ不気味なくらいだと思っていたが、ようやくシリウスは気がついた。穏やかな表情を向けてはいるけれど、ハシバミ色の目はまったく笑っていないのだ。あまりに冷淡なその声が、冗談は云っていないと示していた。
「悪いんだけど、ちょっと一発殴らせて」