彼は何だかときどき、ひどく儚げに見えることがある。命のある生き物というよりも、哀しい言葉や空想の靄でできているみたい。シェイクスピア作品なんかに出てくる、妖精に似ている気もする。
たぶんそれは、リーマス・ルーピンには本来あるべきはずの”何か”が見当たらないからだ。
The frog in the well knows nothing of the great ocean.
リーマスは近頃、妙にそわそわしているとナマエ・ミョウジは思う。いつも何かを云いかけては口をつぐんで悶々とした表情を浮かべたり、彼女の表情を伺うようにじっと見つめていることもある。
「まさか……恋?」と呟けば、なぜかシリウス・ブラックは鼻で笑い、あっさりと否定した(不愉快だ)。
「シリウス同じ部屋でしょ、日記のひとつやふたつ盗み読んでみてよ」
「え、やだよ。俺そんなお母さんみたいなことしねえよ」
「お母さんに日記読まれちゃったんだ」
「……むかしな……」
遠い目をしている。
これが全女生徒における『ホグワーツ・セクシーランキング』『母性本能くすぐるランキング』その他もろもろを総なめにする、シリウス・ブラックその人なのか。たしかに彼はかなり整った顔をしているし、つるんでみると噂よりも性格はねじ曲がってはいなかった。成績も優秀で、家柄は由緒正しい名家ときている。
なぜそのようなパーフェクト男子と一緒に宿題をするという、大半の女子から見れば垂涎もののイベントをナマエがこなしているのかといえば、ジェームズ・ポッターがあまりにもしつこくリリー・エヴァンズをデートに誘うので、ついに彼女が「宿題をする横に黙って座っているくらいなら」と折れたためだ(「いいこと?これはデートじゃないわ!」)。
よって二人は図書館で、お邪魔な人間は談話室で、それぞれの宿題に励んでいるというわけだ。
だからそんなに睨まないでください、女子の皆さん。
「でもシリウスだって、リーマスと仲良くしたいんでしょ?」
「あっちはそう思っちゃいないもんな、ピーター」
「えっと、ごめん、僕わかんないんだけど。このモンクスフードってアコナイトと違うの?」
「どっちも一緒だろが。とりあえず俺の話を聞け」
「え? ねえナマエ、何が違うの?」
「……」
「ちょ、無視しないで!僕はここにいる!」
ナマエはここのところリーマスの様子がおかしいことと、数日前の早朝に見た”あの光景”には何かのっぴきならぬ関係があるのではないかという気がしていた。そのことについて考えだすと、自分の気配がぼんやりと溶け込み、注意力というものがどこかへ消え失せてしまう。
ゆえに、彼女はピーター・ペティグリューの存在にはまったく気が付いていなかった。