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 ポストに突っ込まれていた封筒には、[極秘!]の文字が斜線で消されて[至急!]とある。焦って書き散らされた子供のような字だ。しかし今どきは誰も、カセットテープの存在なんか知らないのではないかしら。それからドーナツ盤レコード、ソニーのウォークマンですら。いつか息子か娘が産まれたら尋ねられるに違いない。おかあさん、これって何をするためのものなの?
 それは音楽を聴くためのものだ。そして右に飛び上がった斜体の字は、間違いなくアルフレッドのものだった。週末に家に来て、留守だったから置いて帰ったのだろう。電話もメールもよこさず、メモすら残さず、ただテープだけを無造作に放り込んでおくところが彼らしかった。しかしこの媒体は、いささか、というかあまりにも古典的だ。アップル信者でとことん合理主義なあの若者が、無骨なばかでかいオーディオ(それも今にも火を吹きそうなやつ)に向かってせっせと音をつめこむ光景は、想像するにはあまりにシュールで奇妙である。そして同時に、とてもロマンティックだと思った。
 プラスチックのケースを抱えて家へ入るのと同時に電話が鳴って、それはまるで図ったようなタイミングだった。休日の昼間にはたいてい無視を決めこむのだが、何となく予感が働いて、受話器を拾いあげた。

『やあ、きみ寝てんのかと思ったよ。なかなか出ないんだもの』

気のない応答は、やはりと云うべきか予想したとおりの相手で、私は含み笑いをしながら相槌を打った。

「昨日ママの家に泊まってて、さっき帰ったとこ。上着も脱いじゃいないわよ」
『なあんだ。そんならまだ、未確認だろうね?』
「外のポストのこと?」
『もちろん!もう聴いたかい?』

あの開けっぴろげな笑顔を浮かべて身を乗り出しているのだろう。こんなふうに尋ねられれば、わざと深刻を装って答えたくなってしまうというものだ。私は神妙なレポーターのように「残念なお知らせですが……」と云った。

『待ってよ。”至急”って単語の意味、知らないの?』

あからさまに声のトーンが激変し、彼が今どんな表情に変わったのかが手に取るように分かる。

「だって、デッキの所在自体はどうしようもないし。ずいぶんクラシカルな贈り物をありがとう」
『……何てこった、だったらプランはまるきり変更だ』

電話の向こうから、何かが勢いよく床に落っこちるような、大きな物音が響いた。重たい本や何やらが崩れて床に広がるような、そんな音だ。よもや癇癪を起こしているのではあるまい。

「ちょっと、掃除でもしてるんなら、カセットデッキ持ってきてよ。あのご大層な屋根裏部屋にあるんでしょ。そしたら一緒に聴けるし」
『分かってないなあ、それじゃ意味がないんだぞ』
「意味って何のよ?」
『あのねえ、なまえ』

アルフレッドが、いよいよ途方に暮れたような声を出した。

『きみには情緒ってやつが、まったく理解できちゃいないんだな。そんなとこまでママ似なわけ?』
「バカ云わないで」

確かに彼女はロマンからは程遠いことを認めざるをえないが、これでもわたしは、母親よりはずっとましな方なのだ。

「そっちこそ、いつから懐古趣味に走り出したの。そういう手の込んだ演出って、あなたのお兄さんの得意分野じゃないの」
『アーサー? 冗談じゃない。マジでやめて』

”家族ネタ返し”が功をなしたようで、今度は本当に気分を害した声が返ってきた。バタン、と勢いよくドアを閉める音。外にいるのか、時折ざわざわとノイズが入り込む。

「でもねえ、そりゃ確かに、今どきカセットテープだなんてロマンチックには違いないけど。一体何なの?」
『きみはどう思う?』
「さあね。ラブソングの詰め合わせかな。もしくは詩の朗読とか」

笑い飛ばされるかと思ったら、意外にもアルフレッドは冷静に同意した。まあいい線だね、などと答えながら鼻で笑っている。その後ろでクラクション、通り過ぎる車の音がする。

「ちょっと待って。今、外にいる?」
『そうだよ。すぐに着く』

On my way, mom.とアルフレッドはおどけて答え、それからこうも付け加えた。

『まさかこんなの引っ張りだすはめになるなんて、想像もしなかったよ。ボーイスカウト以来じゃないかな、まったくもう……こんなことならデッキごとポストに突っ込んどくんだったのに。きみって人はさ、全然ロマンが分かっちゃいないんだから……』

コード間違えても絶対笑わないでよ、と拗ねたような呟きに笑っていると、むき出しのアコースティックギターを抱えた彼が通りの向こうを突っ切ってくるのが見えた。



バレンタインに上げようと思って忘れてました
18.3.3

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