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 アーサーと初めて会った場所は、叔母の葬式会場だった。白すぎる花と白すぎる壁、そしてマホガニーの棺の世界で、ひっそりと黒いスーツを着た彼は何もかも浮いていた。悪目立ちしていた、と云ってもよい。あの長らく独り身の叔母とどういったつながりがあるのか、顔立ちも身なりもずいぶん小綺麗な彼は、葬儀の間じゅう、前列の隅にぽつんと座ったきりで、死を悼んでいるのか、もともとそんな顔なのか、ぼんやりと悲しみを宿したグリーンの目を伏せがちに、静かな横顔を参列者に見せつけていた。よもや愛人なのでは、と半数ほどが邪推した。あの身持ちの固い叔母が、道徳心と健全さを何よりも尊ぶ叔母が、いくら独身とはいえ自分よりも優に二十は若そうな男の子とただならぬ関係にあったとしたら――にわかには信じがたいが、ありえないとは云いきれない。叔母だって若い頃は恋をしたのだろうし、恋はときどき、人を愚者に変えるから。

 「きみは、姉さんの知り合いかな」葬儀の後で、気さくに、この場において失礼にならない程度の笑みを浮かべて叔父は尋ねた。周りの人間はみんな、おしゃべりに講じるふりをしながら耳をそばだてた。上品ぶって気取っていても根底は下世話である。彼はぼうっと座ったまま、ややもすれば白痴的な美しさのある表情で、「友人です」と答えた。意外に落ち着いた低い声の返事に叔父は頷き、「友人かい。興味深いね」と繰り返した。叔父の真意は誰の目にも明白だった。「よければ、きみたちの思い出話を詳しく聞かせてくれないか」叔父は彼の肩を叩いてテラスへ誘ったが、彼は身をかわして首を振った。「紅茶でもどうだい?」「いいえ」「遠慮はいらないよ」「いいえ、結構」彼はまっすぐ立ち上がり、マホガニーの棺へ一瞥をくれてから、さっさと会場を出て行った。

 「そこの人、ちょっと待って」前庭のあたりでようやく背中が見えて、大声で呼び止めた私を、彼は迷惑そうに振り返った。まだ何か?と云いたげな顔だった。「さっきのこと、謝るわ」「謝る?」「叔父が失礼な態度を。それに、親族たちも」「ああ」彼は皮肉っぽい笑みを浮かべて頷いた。「あんたが謝罪することじゃないだろ。べつに気にしちゃいない。当然の反応だ」「それでも、来てくれてありがとう。叔母も喜んでると思う」「どうも」彼は少しばつが悪そうに、視線を泳がせた。ポケットに両の手を突っ込んで、肩をすくめるようにうつむいた。刈りそろえられた黄金の髪が、揺れる稲穂のように儚げだった。「それじゃあ」「うん」「帰るよ」「そうね」踵を返しかけた彼を、私はもう一度呼び止めた。「ねえ、形見分けに来る?」「形見?」「叔母の遺品を片付けなくちゃならないの。あなたも来る?」「いつ」「来週の土曜日」彼はちょっと考えるように首を傾けてから、「考えとくよ」と答えた。

 果たして、土曜日の午後に彼は叔母の家に現れた。玄関で迎え入れた私を見やり、廊下の奥を見やり、庭のほうを見やり、「ひとりだけ?」と云った。「マクシミリアンもいるけど」「誰だそれ」「叔母の猫」狭い廊下を歩きながら、「猫がいるなんて知らなかった」と独り言のように彼は呟いた。キッチンで紅茶を用意して戻ると、彼はリビングの真ん中に突っ立って、それこそ借りてきた猫のように辺りを見回していた。部屋は物で溢れ返っていて、そのまま生者が住み着けそうな具合だ。「欲しいものがあれば、何でも持って行って。価値はほとんどないけど、他に貰い手もいないし」彼は暖炉の上にある陶器の犬の置物を持ち上げて、そっと撫でた。空虚な目がフエルトでできていて、あまり趣味が良いしろものとは云えなかった。「俺、叔母さんを好きだったよ」彼はこちらを振り返りながらそう云った。「数年前に、園芸のカルチャースクールで会ってさ。それからは、年に何度か手紙のやり取りをしてた」「手紙?」「けっこう面白いことを書く人だったぜ」彼は犬をそっと置いた。「そういや彼女、何で死んだんだ?」「心臓発作だって」「ふうん。まだ若いのに」そう云ってソファに座った彼は、お行儀よく紅茶を飲み、思い出したように名を名乗った。アーサー・カークランド。

 アーサーは、叔母の本棚からガブリエル・ガルシア=マルケスの古びた本を一冊だけ選んだ。「ここにある本は、悲しい話ばっかりだな」彼はどこか面白そうに、背表紙をなぞりながら云った。「うちの一族は、悲しいものが好きなのよ。映画や音楽も、うんと悲しいのが大好きなの」「俺もそういうの、好きだよ」アーサーは少しだけ、はにかむような笑い方をした。詩的で寂しげな顔だった。「悲しいことって忘れないもんだ」私も頷いた。「叔母さんは何でも覚えてたわ。ありとあらゆる小さなことも。きっと、悲しいことだらけだったのね」私は悲しい曲で満ちたレコード・ケースを、ぱちんと閉じた。閉じた弾みで舞い上がった埃が目に入ったのか、私が目をしばたたいて下を向いたとき、アーサーが「なまえ」と私の名を静かに呼び、赤ん坊をあやすように背を軽く叩いた。優しい指先だ。植物を育てる人の指。この世で自分に寄り添っているのは、それだけだと思うほどの。私は握り返そうかさんざ躊躇ったが、結局は何もしなかった。

 帰る頃には夕闇が辺りを覆っていて、街頭が転々と朽ちかけたアスファルトを照らしていた。私はマクシミリアンを抱き、彼は『百年の孤独』を抱き、湿った道をひたひたと歩いた。「叔母さんはきっと、あなたに恋してたんだと思う」アーサーは目をぱちくりさせた。「恋?」「何となくだけど」「一回、会ったきりだぜ?」「それでもあり得ることでしょう」彼はちょっと戸惑っているようだった。本で顔を半分隠しながら、まるで犬のように低く唸って、「そうかな」と呟いた。「だとしたら、俺ってすげえ罪作りだ」「ほんとにね」それからしばらく黙っていたが、ふと顔を上げて目が合うと、私たちはまるで小さな双子のように笑った。悲しい夜だ。


Miss Misery

好きな曲で書きました
13.07.21

 

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