手で作った庇の下で目を細めながら、アーサーは、ダウンタウンの図書館を見上げている。こうも好天ではなおのこと所在がない。彼は基本的に太陽が似合わないのだ。
弾けるようにクラクションが鳴り、燃費の悪そうな車がゆっくり通りを横切った。去りぎわ、運転席から男の子が「ハイ」と手を挙げる。あまり似ていないように見えたが、あれが弟らしい。
「あとで迎えに来るって云うから、一緒にメシでも食おうぜ。時間あるだろ?」
「うん」
どちらからともなく自然に、私たちは通りを歩きだした。ロンドンでも昼間に二人で散歩をしたりはしなかったから、おぼつかない夢の中の出来事のようだった。
「少し痩せたんじゃない。忙しかった?」
「来月に本が出るもんで、あと、朗読会の話もあって」
「へえ、おめでとう!これでストーカーも増えること間違いなしだ」
私は笑って、彼の腕を小突く。アーサーは上着のポケットにつっこんでいない方の手を首に当てて、まじめぶった顔で「夜道で刺されないように気をつける」と頷いた。それで私はさらに笑い、そんな私を、彼はただ静かに見ていた。
「おまえは肝心な部分は、何にも聞かねえなあ」
「肝心って?」
「俺、云わなきゃならんことがあるんだよ」
急に立ち止まったので、後ろでベビーカーを押していた女性が批難がましい声を上げた。すぐにアーサーは「失礼」と体をずらしたが、細い裏通りはお喋りをするのには不向きだ。私は控えめに彼の腕を引くと、近くの駐車場のわきにあるフェンスへ促した。日は射しているが風が強めで、殺伐とした景色が寒々しい。
会話の妨げにはならない程度に、アーサーは私から距離をとって立った。そうして躊躇うように間を置き、それから、「ごめん」と云った。
「謝りたくてさ、探してたんだ。こんなふうに押しかけて気味悪いだろ?」
「そんなこと思ってないわ」
「……ま、そう云うだろうよ。おまえはな」
棘のある口調だったが、私はただ黙って、隣の彼を見た。アーサーはぼんやりと駐車場の反対側の通りを眺めていた。
「ちっとも驚かねえんだから。でもこんなのは、ロマンチックでも何でもないな、過剰なんだよ。いつもそう、俺はさじ加減を間違えてだめにしちまう」
アーサーは笑ったが、今度は私の方が笑わなかった。
「あのときも、おまえを怒らせる気はなかった。なまえ。ごめんな。おまえはいい友達だし、たぶん俺は、純粋に、おまえが好きなんだと思うよ。そばにいて欲しくて、こんなふうに云うとメロドラマ的に聞こえるだろうけど、一緒にいれば、俺の中のまずいもんが浄化されるとでも思ったのかな。真水のように、詩のように、さ。俺は、俺の体をそういう偽りのない清らかな言葉のみで、満たしたいだけなんだよ」