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the bird


 あれで結構歳を食っているとは聞いていたが、まさか自分よりも一回り、いや、それ以上も年若いのを囲っているとは俄に信じがたかった。しかし、恥じらう様子など微塵も見せず、実に平然とした顔でその小娘は言ってのけた。まあ若いツバメのようなものです、と。

「それって、あの、間違ってたら悪いんだけども、性別が逆なんじゃ?」
「よく御存知で」

じゃあ何だ。娘の性は俺が信じていたそれとは逆で、ということは、すなわち彼は、そういう趣味の。

「ちがいますよ。本田さんに衆道の気なんかあるわけないでしょう」
「……エスパー……」
「ちがいますよ」
「それ以前に、そもそも菊って未婚だよねえ?」
「はい。ですが」

表立って知られて良いような関係でもありませんので。
 伏せた睫毛が影を落とす肌が、瑞々しい。その過剰すぎるほど若いエネルギーに、気圧された。聞けば、まだ子供とも呼べる年齢だ。幼いのだ。造作は特別美しいわけでもないが、昼間からのどかな縁側なんかに並んで座っていると、罪悪感が沸いてくるような爽やかさ。綺麗に折り目のついた襟も、派手ではないが上等そうな着物も、整えられた髪の毛先も、見れば見るほどいささかも現実的な匂いが感じられない、これは、まるでファンタジーの世界のようです。もしもこの裏に密やかな色気や艶かしさがあると云うのならば。
 菊、おまえ、何てものを育ててるんだよ一体。
 淡白そうでいて結局彼も男なのだなあ、と下世話なことを思った。

* * *

「すみませんねえ。せっかくいらっしゃったのに早々に散ってしまいまして」
「なに、来年はもう少し早めに休みを取るさ。それに今年は桜の代わりに面白いもんが見られたし」
「おやまあ。何です?」
「菊の可愛い可愛いツバメちゃん」

動揺するとか、もしくは怒り出すとか。
 不謹慎にも少し楽しみに構えていたのに、その異国の友はいともあっさりと「ああ」と頷いた。昼間から母屋へ来るなんて、珍しいこともありますねえ。相当の寝ぼすけさんなんですよ。
 ややもすれば変に勘ぐってしまえる科白ではあるが、隠す素振りは見られない、むしろ猫か何かのことでも話すようだった。
 口に出したつもりはないが表情から汲み取られたらしい。彼は、こういう心情を読むのが恐ろしいほど巧いのだ。いつものように横顔がゆるやかに微笑んで、あれはですねえ、フランシスさん。ほんとうはツバメではないんです。ええ!だったらなんなの。ふふふ。

「ふつうの人間の娘ですよ、残念ながら。ただ少々困った性質の……というより、人を困らせるのが生き甲斐のような、自分で春を売るようなことをしようとしたりだとかねえ。悪い男にばかり、自ずからわざと引っかかるような娘でして」
「……あ、そう。破滅型なんだ」
「そうそう。破滅型なんです」
「それでお人好しの本田さんは、ウッカリ情にほだされちゃったんだ?」
「そのかわり、身の上のお世話はして頂いていますよ」

 ますますどういう意味なんだ。にっこり笑って話すようなことなのか、それ。
 何を云うべきか迷った挙げ句、何も云わずにタイミングよく出された茶を飲み下した。きれいな緑色だが少しほろ苦いthe vert、熱くも冷たくもない温度。
 掃き清められた庭を眺めて平和に浸りながら、まるで妖精か何かに担がれる旅人みたいな気分がした。いいや、もしかすると、そうなのかも。魔法で鳥の姿に変えられた女の子。大抵そういうのは悪い魔女だとか、強欲な王様だとかに捕われて、誰かが助けてくれるのを待っているのだ、なあんて、ね。毒されているなあ、と自嘲した。どうも自分の周りにはファンタジックな連中が多くて困る。

 それで、その『悪い男』の中には、おまえも含まれてたりするんだな?

 揶揄したつもりだったのに。
 振り返った彼の目の中に静かな熱を見て、不覚にも照れた。なぜ俺が。

「聡明なあなたならとっくに分かっているのでしょう?」

 決して短い付き合いではなかったが、彼が案外と情熱的だと、今日初めて知った。


 

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