何故かイライラする。

いや、何故かではなく何かが足りないからだろうということは分かっている。そしてその何かの正体も。
つい最近までは頻繁にフラリと現れていたのだが、ここまで来ないとなると何かあったのではないかと考えてしまう。
俺は徐に立ち上がると、戸棚のチョコレートへ手を伸ばす。
こんな夜は特に、糖分が無ければやっていけない。
本当は酒があればよかったのだが、生憎と俺にはそんな余裕はないのだ。
明かりも付けずにただ窓から月を眺める。と、そこに人影が一つ。


「お前にしちゃあ、随分無粋な真似をするじゃねーの、ヅラ。人が月を見てたのによ。」
「ヅラじゃない桂だ。…フッ、珍しいな。だがこれはすまないことをした。」


入ってもいいか。

聞かれて、肯定の意を示すとヅラは窓から入って来た。


「酒を持って来た。」


今夜ヅラが手にもっていたのはいつもの菓子折ではなく、高級そうな酒だ。


「座って待ってろ、杯を持って来る。」
「そうさせてもらう。」


手にした二つの杯の片割れを目の前のヅラに渡して自分も座る。


「…、ほら」
「ああ、」


並々と注がれたそれを一気に煽る。程よい苦みと暖かさがじんわりと広がった。


「…何も、聞かないのだな…。」


暫しの沈黙の後、ヅラが呟いた。


「なーに、聞いて欲しいの?ヅラ君」
「ヅラじゃない桂だ。…いや…、…しばらく来なかったのは、」
「無理に言う必要はねーよ、ただ…──、」


signal
言葉にすれば全てが
二度と戻らない気がして




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