終わりまでは愛でていて


白銀が視界を両断する。
それはあまりに一瞬で、しかし私がまばたきするほんの僅かな隙をついて無理矢理潜り込んでくるみたいに、強烈な色彩を網膜へと叩き付けた。眩しさに目がくらむ。くらり、くらり、直立不動の躯がめまいを訴えるものだから、私の意思に反して瞼がゆるりと落ちてくる。直後、ぴしゃりと生暖かいものが頬に触れて、私の薄い皮膚を体温を残したまま凌辱した。
ああ、目を閉じていて良かった。それは安堵か、はたまた恐怖か。恐れる必要はないのだけれど、恐れを知らぬ刃ほど滑稽なものはない。私は無意識に喉を痙攣させていた。

「市丸隊長」

飛散した赤に男は笑みを深め、足音もなく私に近付いて来る。視覚などあってもなくても私には困る要因などひとつもない。私にはわかるのだ。男がそうっと体液に濡れた頬を撫でようと腕を伸ばすから、私は甘えを含ませた威嚇のつもりでその指先にかじりついた。

「そか、キミ、もともと眼ぇ見えへんのやったっけ」
「市丸隊長がそこにいるのはわかっていますよ」
「だからって、噛んだらあかんよ」

歯形をぺろりと舌でいたわり、私はくちを離した。血の味がする。当然、男のものではないのだろう。私の背後に現れた敵を音もなく殺した、市丸隊長。敵と言うには語弊があるかもしれない。殺された魂魄は無差別に命を奪われただけなのだから。しかし、実際私の敵は市丸隊長と私を除いた全てなので、生憎そう呼ぶのも存外的を得ていたりする。名前の由来だと疑わない銀色の髪も、刹那にだけ奮われる刀も、私を呪縛して離さない。この人の危険性を小指の爪ほどにでも知っているからこそ、また何度でも魅せられる。

「使えんやったら、その目玉、ボクがえぐり出したろか?」

あまりに意外すぎて、二の句が継げなくなってしまった。微かな沈黙に雰囲気だけで男が笑ったのがわかる。私の首に緩く絡み付いた蛇さえも、けたけたと私を嘲笑うように、舌を鳴らしているような気がした。そんな夢現に、私はひとつ、ほうと息をつく。

「駄目ですよ」

自分でも理解できるほど、甘ったれた声がくちから漏れた。子供をあやすための優しげな声色は男に向けられたものではない。あくまでも、私自身を牽制するための、無駄な抵抗。この人が気まぐれで決めた言動の行き先をずらすことも、ましてや止めることなど、到底できるはずがない。

「駄目なん?」
「駄目です」

弱い視覚を取り戻せば、目の前にはいつもと何ら変わりのない市丸隊長の姿がある。細い躯を曲げて私の顔を覗き込み、細い眼を閉ざして薄い唇を大きく歪めて、まるでこちらの様子を窺っているようだ。私を見ているのか見ていないのか、この人に私と言う個体は意識されているのか、そんな途方もないことを考える。私のなけなしの視力でも、輝くその色だけは見失わない、そのことをただ知っていてほしかった。

「こんな眼でも、市丸隊長を見付けることぐらいはできるんですから」

嘘。灰色の瞳は男のためだけにある。市丸隊長だけをいつまでも、飽きることなく見ている。他の何物にも囚われることなど、ないのだと、確信している。

「ほんなら、ボクを見付けられんくなったそのときに、その灰色とキミ自身を殺したるわ」

言葉はいらない。私は跪くより先に瞑目し、偽りだらけな私の世界の心地好さに溺れながら、男に忠誠を誓う。どうか、死の先まで連れて行って欲しいものだが、それはまた今度お願いしてみることにする。
私の頬に跳ねていた誰のものともつかない血液は、持ち主の体温を失い、すっかり乾いていた。


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