戯れはお嫌いですか


ぎしぎしとくすんだ床が鳴る。前へ前へと踏み出すたびに足元から批難されているようで、よくわからない焦燥じみた心の揺れを感じながら、それでも闇に覆われた室内を真っ直ぐと進んだ。一つの扉の前に着く前に呼吸を止めて、冷たいドアノブに指をかける。扉を押すと蝶番が音をたてずに軋み空気を震わせた。そろりと、真夜中に人知れず行動する猫のように、部屋に滑り込む。カーテンの隙間から入り込んだ月光に照らされた横顔は、確かにこの世のものではない気がしたが、今はあまり興味がない。夜目のきく眼球をころころと転がしていると、無防備に投げ出された腕を都合よく見付けることができた。努めて静かに歩み寄り、男の躯に黒々とした闇を落とす。気が付いたときには、自分の影はどの生き物よりも濃い色をしていたから、自分自身ではどうしようもないことのように思っているが、今になって無性に意識した。くちの中の刃がむず痒くて仕方ない。黒い爪がはやく欲しい欲しいと騒ぎ立てている。その証拠に、今にも筋肉質な腕を掻きむしって体内に取り込もうと、皮膚が割れぬ程度に薄く引っかき傷をつくっていた。男のわかりやすい呼吸があんまり鼓膜を撫でるので、誘われるまま床に膝を付き、酷く儀式的な動作を持って、餌に唇を寄せる間もなく、牙を埋め込む。
途端、五感の全てを奪われる。

「…腹が減ってんならそう言え」

鉄くさい香りが好きな訳ではないのたが、どうにも癖が強くて堪らない気持ちにさせるから、求めるように顎にちからがこめていた。血を啜っているのはこちらなのに、くらくらと、まるで貧血を起こしているような眩暈が脳髄を襲う。決して、気分が悪いわけではない。男の血が俺の躯を乗っ取ろうとして暴れ回り、強烈な快感にも似た刺激を与えて来るのだ。

「おい、聞いてんのか?」
「ん、ん、」

額に何か温かいものが触れたと思った。頭は下げたまま視線だけを向けると、自分と同じ闇を見渡し強烈な輝きを放つ碧眼が俺を見ていた。どんなに重い夜の中でも、異種だからこそわかる瞳の色は爛々としていて、捕食者であることがわかる。髪をぐいと引かれて、頭に置かれていた熱がもう片方の腕だと知り、俺は体液に濡れた唇を舐めた。

「眼え、黄色くなってんのな」
「自分ではわからん」
「…すげえそそる」

べろりと眼球の表面に舌が這わされて、驚愕した躯が僅かに揺れた。捕まれていた髪がいつも通り額に落ちる。男の指先は頬を辿り顎を捕らえ、そのまま唇同士が重なるのかと思われたが、違い、先程は俺の目玉を舐め上げた赤い舌に、べろべろと口元を舐められる。唇の端や顎に男の血が付いているのだろうと想像し、俺はくちを開いた。舌と舌だけが触れあう。

「っ、」

びりびりと背筋に走ったのは紛れも無く快楽だ。顔面に血が集まり、頬がほてってくるのがわかる。呼吸の仕方がわからず、ただ上昇していく熱を持て余していた。

「血生臭えな」
「…お前の、血だ」
「知ってる」
「ん、…もう少し」

上半身を起こした男の膝の上に乗り上げて、衣服を軽く乱すのにも緊張する。たった今腕から少し頂いたばかりなのに、禁断症状を起こしているみたいに指が震えた。出血の止まらない吸血痕に男が唇を付けて吸っているのを横目に、かたい首筋に噛み付けば、もう止まらない。こくりこくりと上下する喉の動きを確かめるように、俺の首を力無く骨張った指で締め付けながら、グリムジョーは獣のように低く笑った。

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