純白に静寂を副えて


奇妙な同居生活が始まり迎えた夜が両の指の数を越えた頃、転機が訪れた。
毎夜ふらりと家を出ていくグリムジョーを見送ることはすっかり習慣になりつつあった。何となしに、俺に宛がわれた部屋の唯一の北向きの窓に指先を滑らせる。かたん、音をたてて窓を開く。冷たい空気が我先にと室内へ入り込んでくる。呼吸をするたびに肺を満たす空気が冷たいものへと変わり、少しばかり冷えた血液が血管を通り体内を循環するのがわかった。気配で気付いたのだろう、下からこちらを見上げているグリムジョーと視線が交わる。赤い月が顔を出してこちらの動向を伺っていた。誘われるように窓枠に足をかけ、そっと飛び降りる。ひらりと無音で隣に立った俺を見据える男はゆるりと口元を緩めた。

「引きこもり生活はやめたのか?」
「こんな夜は俺自身が面倒でも俺の血は赦さない」
「意外だな、そういう本能は意地でも隠し通す奴かと思った」
「わざわざ血に抗う必要もないだろう」

ほとんど気まぐれに近かった。あの夜から混ざり合ったグリムジョーの血がざわめいて落ち着かない。短く息を吐いて男は笑う。躯の表面は外気ですっかり冷やされてしまったが、その薄い皮膚の下は肉厚な筋肉が収縮し脂肪が臓物を支え、白い骨が基盤となって伸びている。どくりどくり聴こえる心音が繙くようにとろりと脳髄を蕩けさせる。

「付いて来るか?」

嘲笑ではなく楽しそうに笑うグリムジョーに、俺は何も応えることはなかった。





静まり返った街を見て酷く高揚した気分になるのは、日中の明るさが形を潜め広がる闇の心地好さに親しみを感じているからか。街の中心部、普段人々の集まる広場も当たり前にしんとしている。鎮座するだけの時の止まった噴水を見て、その美しい荘厳さに白い吐息がもれた。異端狩りだなんだと騒いでいた年には、こうして真夜中に出歩くと耳聡く聞き付けた隣人達が翌日教会に集い火炙りだと喚き立てたくさんの同胞が殺されたものだ。未だにそういった風習が根付いている地方も少なくないが、この国ではすっかり過去の歴史とされている。必然的に、危険の少ないこの地へと逃れてくるものは多いだろう。

「また来たのか…ってお前、この前の」

コツ、革靴の底の音に耳を傾けた。遠くない距離にいたグリムジョーの纏う空気が変わる。視覚で捕らえた男は面倒そうに手袋をした手で頭を掻いた。どうやらこの男は俺を知っているらしいが俺に面識は無い。

「わわ、吸血鬼なんて珍しい」

ひょっこりと男の腰辺りから顔を覗かせた少女に動揺する。黒いコートを諄くならない程度に飾り付けた銀色の装飾同士がぶつかって短い金属音が鳴った。暗闇に引き立つ檸檬色の髪と紅い瞳がこちらを伺っているが、少女の姿を認識することは出来るのに、生き物としての気配を感じられず違和感を覚える。死びとだろうか。

「スターク、このひとって」
「ああ、ふらふらに弱ってたやつだ」

スタークと呼ばれた男はニット帽を被った少女の頭に手を置いて、ゆらりとグリムジョーへと視線をやった。それを合図としてグリムジョーは低姿勢で駆け出し、見遣った男は舌打ちをして高く跳躍する。男を追うように地を蹴ったグリムジョーは長い爪が十分届く距離まで入り込み、大きく腕を振った。喉元を引っ掻く直前で手首を掴まれる。男に掴まれた腕を軸として繰り出された左足の蹴りが男の脇に減り込んだ。見切れる動きであっただろうに、わざと避けなかったように見える。証拠に、男の左手はグリムジョーの右手首を掴んだままだった。一瞬の間の後、辺りに爆音が響く。

「あーあ」

無感動な声が隣からもれる。地面を陥没させる程の威力をもってその身を打ち付けられたグリムジョーは、うっすらと額に血を滲ませながら緩慢な動作で立ち上がった。受け身をとれなかったらしい。

「もう少し静かに出来ないのかな、ねえ?」

言葉をふられて首を落とすと紅い瞳と交わった。探るように見詰めていると困ったように少女は笑い、口を開く。

「元はスタークの魂の欠片だけど、リリネットって呼んで、吸血鬼さん」

物質を媒体に自身のちから、すなわち魂の一部を注ぎ込んで僕を創る男がいたことを思い出す。ようやく違和感の根源にたどり着いた。リリネットと名乗る少女も元は生を持たない物質であったのだろう。だから、生きた心地を彼女からは感じない。

「ウルキオラだ」

どおん、腹に響く深い地響きのような音に声を遮られた気がして溜まった息を吐き出すと、隣からくすくすとまた俺の知らない笑顔でリリネットは口を緩ませる。感情を上手く知りえない自身には、彼女の微笑みの理由などわかるはずがなかった。酷く人間らしいと思う。寒さではなく恐らく感情の変化から、リリネットは頬をやんわりと赤らめてこちらに向き直る。

「ウルキオラ、ね、よろしく!」


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