「はァ」
キーボードから手を放しデスクに突っ伏す。今まで何かに追われるように詰めていた息を安堵の溜息と共に吐き出すと、新しい空気が気管を通り肺を拡張させるような感覚に襲われた。
指先がちりちりと痺れるこの感覚も、二年ぶりだった。いくつか大きく呼吸して、息を整える。
(音弥も遥もあおいも、俺が守った、守れたんだよな)





目の前にいるのは、誰だ

一瞬、からだが呼吸することを忘れた。
恐ろしく冷たい色をした布を被ったあおいが俺の目の前に横たわっている。
僅かに赤みを残した唇とは対照的に、肌に生気はなく、蝋人形のように白い。
何も聞こえなかった。
ただ目の前のあおいが、その僅かに微笑んだような表情が、今まで見た温かい笑顔や涙を次々と脳裏に蘇らせた。信じられなかった。
この浮遊とも脱力ともとれる感覚が、まるで今の現状を“夢”と錯覚するかに魅せた。

萩原さんの冷たい声に、肌が焼けるような激情を感じた。この感情が怒りなのか悲しみなのかは、自分でもよく分からなかった
俺にハッキングさせる為にあおいを見殺しにしたのか、生きているなどと虚言を伝えさせたのかと問い詰めた。
冷たい声は、俺を責めるでもなく、間に合わなかったと。


南海さん達がついた時にはもう、死んでいたと


その瞬間、カツンと何かが落ちるような音がした。今まで見えなかったものが見えたような感覚。
でも見えたものは、俺が思っていたものとは違ったようで



そうか お前を殺したのは俺か



お前が流した最期の涙は、俺への、そうか結局守るなどとほざきながら俺は自分から差し出したのか




「…俺が殺した、」
音弥が俺に何か言った気がしたがよく分からない。震える体で引きずるように動かした足も、数歩歩いた所でそれ以上動こうとはしない
右手にはあおいの落書きがまだ残っていたが、それも歪んだ視界にだんだんぼやけて見えなくなった。

音弥の誕生日も、埋め合わせの食事も、落書きも、俺には東京1000万人にも代え難い日常だったのに
俺は何も守れやしなかったそれどころか、







「っう、…く、ぁ、あ、ああ、ああああああああッ!!」
掌の油性マジックが薄くなってもなお、俺を揺さぶり続けるのだった。


(まもりたかった)
(まもれなかった)
(おれには、どちらもえらべない)




2010.0125
胸をしめつけるような展開


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