技名で短編 | ナノ


プルルルル、プルルルル、プルルルル………

ガチャッ。


「☆?家着いたけど、入っても《只今ライブキャスターに出ることができません。ピーという発信音のあとにお名前とご用件を…》

………。」


ガチャッ。


無機質な声色のアナウンスを無視して、僕はCギアの電源を切った。

昨日の夕方ライブキャスターで、最近直接会って話していなかったから、たまには会わない?なんて話しをしたら、じゃあ明日のお昼におうちに来て、ということなので、来たのだけれど。

Cギアの時計を見ると、午後の二時。

まさかまだ寝てるなんて、そんなはずはない…と、普通の人なら思うだろう。
しかし☆は、近年稀に見る程の超超低血圧なのだ。


朝(もう昼だけど、)起きれないのは相変わらずのよう。

☆が起きるのを待っていたらそれこそ日が暮れて夜が明けてまた日が暮れてしまうので、僕は仕方なく玄関の扉を開けて、固まった。


「…お邪魔しま、」

《…………………》


何故かというとドアを開けたすぐそこに、☆のポケモンであるネイティが2匹、縦に積まれてこっちをじっと見つめていたから。


「(毎度のことだけど…慣れないな)」

《トゥートゥー》


どうしてかは分からないけど、このネイティ達は、いつも予想もできない場所やポーズで僕を待ちかまえている。
☆曰く、これがネイティ式の歓迎の仕方らしいけど、何か、こう…同じポーズでもネイティと、チラーミィとかチョロネコとかではだいぶ印象が違うと思うのは僕だけじゃないと思う。

…早い話、不気味なんだよね。

☆が起きてないから部屋は昼間でもカーテンが閉まって電気も点いていないから薄暗いわけで。

冷蔵庫に入ってたときとか、電球にぶら下がってたときとかは、心臓が止まるかと思った。


…まぁ、一応歓迎してくれてるみたいだから、何も言えないんだけど。


「…こんにちは」

《トゥートゥー》


何を考えているのか全く分からない瞳は直視しないようにして、ネイティの横をすり抜けた。

するとネイティは二匹積んであるまま、僕の後ろをついてきた。

…ってあれ、確か、☆のネイティは3匹だったような気がするんだけど…?


まぁ、散歩とかしてるのかもしれない。それかどこかに隠れてるか。

後者でないことを祈って、僕は寝室のドアを軽くノックした。


「…☆?起きてる?」

《……………》


中からは、反応なし。ついでに後ろからも反応なし…、視線は感じるけど。


「☆、入るよ?」


なるべく音を立てないようにしてドアを開けると、☆は案の定まだ眠っているようで、部屋は薄暗かった。

ベッドの上ですやすや眠る☆を見つけて、近づく。


「…よくこんな時間まで寝れるね、君は」


心底幸せそうな寝顔を眺める。

呆れを通り越して愛しさがこみ上げてきてしまった自分にクスリと小さく笑って、見てるこっちが眠くなってくるぐらい気持ちよさそうな寝顔の☆を見つめて頭を撫でていると、ふと背後でバサッとネイティが一回だけ羽ばたきをした。
多分今のは、上のやつ。
…あんまりじろじろ見るなってことなんだろうか。

とりあえずずっとこうしていてもしょうがないので、少し強めに☆の肩を叩く。


「…☆?もうすぐ3時だよ。」

「…………んぅ」

「…まったく」


軽くほっぺたをペチペチと叩くと、何と勘違いしたのか、僕の手にすりすりと頬を寄せてきた。
まるで猫みたいだ。

背後からの視線を気にしながらぷにぷにほっぺを手で弄んでいると、ふと視界の端に黄緑が映った。
そちらに視線を移すと、☆のお腹辺りが妙に丸く膨らんでいる。


「……………」


そっと布団に手をかける。
バサリバサリと羽ばたきする音が大きくなる中、僕はぺろりとそれを捲った。


「……………」

《……………》


そして、そっと戻した。

捲った中には、足りなかったネイティが☆の腕に抱かれ、しかし目をカッと見開いて僕の方を見ていたのだ。
睨んでいたのかびっくりしていたのかは知らないけど、直視しちゃいけないと思って。

何かもうどうしたらいいか分からなくなって立ち尽くしていると、☆がもぞもぞと動き出した。


「…………んー」

「…☆?起きた?」

「…………………ちぇれん………?」

「そう。相変わらずよく寝たね」

「ん…。おはようー……」


へにゃりと笑ったあと☆はちょっと甘えるような表情で、んー、と言って両手を伸ばしてきた。
これは「おこして」の合図。

仕方ないなぁとため息をつきつつも、素直に甘えてきてくれているのが満更でもない僕がそれを掴むと、☆のお腹の上でぬくぬくしていたネイティはベッドから降りて、僕の背後にいた仲間の元にチョコチョコと戻っていった。


両手をそっと、引き上げる。
☆は膝に布団をかけたまま、完全には起き上がらずぺたんこ座りをして俯いていた。


「……どうかした?まだ眠いの?」

「………ちぇれん」


なに、と言おうと顔を覗きこむと、☆はゆっくりと両腕を僕の方へ伸ばし、腰にぎゅうと抱きついてきた。


「…どうしたの?珍しいね」

「…だって…」

「ん?」

「…ひさしぶりなんだもん」


ぴとっ、と僕のお腹辺りに頬を擦り寄せてくる☆。
いつもぼーっとしていて、おとなしくて、常に眠そうな☆にしては、大胆な行動だと思った。

頭を軽く撫でてやると、それっきり何も言わなくなってしまった。
☆が今どんな表情をしているのか知りたくて顔をのぞき込もうとすると、さらに顔をぎゅうっと押し付けられて、阻まれてしまった。


「…照れてるの?」

「………」


こくん。
押し付けられたまま、躊躇いがちに☆が頷いた。

……こういう素直なところ、可愛いと思う。


「もう意地悪しないから、顔見せて?」

「……うー、」

「ね」


おずおずと上げられたのは、羞恥からか僅かに涙を浮かべた瞳と、真っ赤に染まった顔だった。

不覚にも心臓が高なったのを隠すように少し乱暴にぐしゃぐしゃと髪を撫でて、☆の隣に座る。
すると☆はちょこちょこと僕との距離を詰めて、肩に頭を預けた。

…本当に今日は、珍しい、嬉しいことばっかりしてくれるね。
何かあったんじゃないかって逆に不安になる。


「あの…、ちぇれん」

「ん?」

「あした、忙しい?」

「特には」

「…あの、じゃあ…」


もごもご、そわそわ。
☆は小さい手でシーツをぎゅっと握って、何かを決意したように僕を見上げた。


「あの、いっしょに寝てください…!」

「………え!?」


ちょっとまってちょっとまって。あれ、どうしてこうなった。

☆と…、まぁそう言うことをしたことがないわけではないけど、いつもそれは流れでとか、雰囲気でとかだったわけで、そんな☆からこう…言ってくるなんて、いや別に嫌な訳じゃないし、もしかしたら最近ご無沙汰だったから☆もしたかったなんてこと…まぁ寧ろそうだったら僕も同じ気持ちだったし嬉しいと言うか据え膳食わぬは男の恥って言うか、

ああ落ち着け僕。とりあえず深呼吸して落ち着け。


「いや…でも、…どうして?」

「だ、だって、チェレンにぎゅうしてもらって寝ると…よく眠れるんだもん」

「…………え?」

「?」


………………。

…ああ寝るって。何だ普通にそう言うこと。

………………。


「(…………僕としたことが…………!!)」

「………?」

「(ごほん)…別に僕がいなくても、☆はいつも気持ちよさそうに寝てるじゃない」

「う……」


ちょっとそっぽを向きながら言うと、☆は途端に悲しそうな、大きなショックを受けたような顔をして、うつむいた。

…僕は何を言ってるんだろうか、照れ隠しで☆に当たるなんて。


「冗談。いいよ」

「…!ほんと…!」

「ほんと。第一、そんなに勇気出して言うこと?」

「…んー…」


首を傾げて理由を考える☆。
それが何だかおかしくって、僕らは顔を見合わせて笑ってしまった。


「ごはん、準備するよ。ソファーでまってて」

「ありがと」


すっかり目が醒めたように見える☆は、そう言って部屋から出ていった。


それを眺めていたネイティたちが追って…


《トゥートゥー》


出ていこうとした時、扉の前でくるっと振り返って、その目を細めて一回僕を見てから去っていった。


主の機嫌を良くしてくれてありがとうのトゥートゥーなのか、主とイチャイチャしやがってこの野郎のトゥートゥーなのかは分からない。それ以外かもしれないし。


そこは特に気にせずに、トントン、と心地よいリズムが聞こえ始めたリビングへと向かったのだった。

(主とイチャイチャしやがって、覚えてろよこの眼鏡野郎!!!)



 
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