short | ナノ




ぐらぐらぐらっ



「おあっ!すげーな…」


閉店支度をしていると、突然地面が揺れた。
俺はテーブルを拭いていただけだったから何にも危害はなかったけど、遠くで"ガシャンッ!"という音と"あぁっ!"というデントの声がした。

滅多にミスしないデントでさえ皿を割る程の、結構な地震。実はここ最近、大きくも小さくもない、嫌な地震がちょくちょく起こっていた。

…このあとの☆とのデートに、差し支えなきゃいいけど。

そう思っていると、


プルルルル

プルルルル


ポケットの中のCギアが鳴った。

表示されている名前を見て、俺は思わず顔がにやけるのを感じるも、急いで通話ボタンを押した。


「もしもし、☆?」

「ぽ、っど、くん…」

「………?」


ライブキャスターの向こうの☆の声に、少しの違和感。
心なしか、震えてるような気が……?


「あの、ごめんなさい…今日、いけなさそう、です……」

「そっか…、何かあったのか?」

「それは、………っ!!」

「…うわっ」


がっくりと肩を落としつつ☆に理由を聞くと、また地震。
前に比べてその震度と頻度が増しているような気がする。


「…っと、最近地震多いな。大丈夫か?」

「…………っ」

「…?☆?」

「……ふっ、ぅう…」

「!?」


も、もしかしなくても泣いてる!?

俺何か言ったか…!?いや、心当たりが、


「どどど、どうしたんだ!?」

「ふぇ、ポッドくんっ……、」

「今すぐ行くから!待ってろな!」


……理由なんか考えてるよりも、気付いたら体が先に動いていた。








(はぁっ、はぁっ、)


☆の家は、店からそれなりに離れている。
外が寒いとか、距離が長いとかは最早関係ない、無我夢中でその道を走り抜ける。

仕事はまだちょっと残ってたけど、二人に押しつけてきた。いつもなら憎まれ口の一つや二つ叩かれるところだけど、今の俺のただならぬ雰囲気を感じ取ってくれたのか、何も言わずに引き受けてくれた。


二人に感謝しなければとは思っても、頭の中は☆のことでいっぱいだった。


何で泣いてたんだ?

何があったんだ?

俺には言えないことなのか?


マイナス思考に走りそうな感情を、頭を振って捨て去った。

今はとにかく、早く、☆の元へ行かなければ。















「やっ、と、着いた……!!」


☆の家の壁に手を突きながら、インターホンを押す。


少ししてから玄関の灯りがつき、ガチャリと音を立てて躊躇いがちに開かれた扉から、☆がおずおずと顔を出した。


「ポッド、くん…!」

「わっ!……☆、」


俺だと確認した途端、ぎゅうっと抱きついてきた☆。
その肩は震えていて、顔をのぞき込むと、涙の筋の後がいくつかあった。

…こんな☆、見たことがない。

俺はどうしていいか分からず、とりあえず☆が落ち着くまでゆっくりと頭を撫でながら抱きしめていた。











「…もう、大丈夫です…ごめんなさい」

「謝ることねぇって!…うん、よかった」

「………あの、寒いですし…上がってください、」

「おう」


元から小柄な☆だけど、今日はいつもより小さく見えた。
申し訳なさそうに俯きながら、リビングに通される。

扉を開けると、☆のポケモンであるチルット、チルタリス、メリープが心配そうに☆を見上げていた。

☆はチルット達に大丈夫ですよ、と軽く撫でると、俺にソファーを勧めてキッチンに向かった。

改めて☆の部屋を見回す。と言っても女の子のだから、そんなにじっくり見ないけどな、失礼だし。

色は全体的に白やクリーム色を基調としていて、たまにパステルカラーの家具やグッズがバランスよく置かれてる。

ソファーやカーペットはふわふわしていて、まさに☆の部屋、という感じだった。

ポケモンもふわふわもこもこしてるし。
ここにいると落ち着くんだよなあ。


「お待たせしました」

「!…おうっ」


隣にあった手触りのいいクッションをふにふに手で遊んでたら、マグカップを両手に戻ってきた☆と目が合った。

焦る俺を見て、クスリと笑った☆。
とりあえずは、もう心配ないらしい。


「ごめんなさい…ポッドくん、まだお仕事中でしたよね?あんな電話しちゃって、」

「謝らなくていいって!☆が泣いてたんだぜ?来ない俺がどこにいるよ!」

「……ありがとうございます」



出来るだけ☆に不安になってほしくなくて、安心してほしくて、明るくそう言った。

でも☆はまだ申し訳なさそうに体を小さくしている。


「あの…ほんとに、大したことじゃないんです。…私…小さい頃から、」


体と比例して小さくなっていく声を聞き取ろうとしたとき、突然、部屋が揺れた。

そしてそれを確認した瞬間、目の前にいた☆が俺の視界から消えたと思ったら、胸の中に飛び込んできた。


「!!☆っ?」

「わ…私…っ…地震がこわいんです…!!」

「!」


普段、☆から抱きついてくることなんて滅多にない。そんな☆が突然そうしてきたから、驚きとちょっとの嬉しさで戸惑っていたところに、最大級に震える声でのカミングアウト。

腰に回された手は震え、顔をのぞき込むと涙目。


…そうだったのか、☆は地震が…


きっと、さっきあった地震で外に出る恐怖を感じてしまって、俺のところには行けない、と電話をしてきたんだろう。

今まで地震があった時もこんなに怖い思いを一人でしてたのか、


何で俺、気付いてあげられなかったんだ…



「大丈夫、俺がいるから」

「ポッドくん…っ」

「もう怖くないぜ、ずっとこうしてるからさ!苦しかったら言ってな?」


誰にだって、苦手なもんはある。俺だって、注射苦手だったし…

この間は☆に助けてもらっちまったから、今度は俺が☆を守る番だ!今こそかっこつけ時だぜ、俺!


「ありがとうございます、最近地震すごくて…」

「昔からずっと一人で我慢してたのか…?」

「はい…たまにチルタリスや幼なじみの子に助けてもらって…」

「そっか…え、幼なじみ?」

「?はい」

「☆って幼なじみいたのか?」

「はい、あれ、言っていませんでしたか?」


幼なじみ?

自分の記憶を必死に遡るけど、☆に幼なじみがいるというのはやっぱり初耳だ。


「ホウエン地方にいるんです。ここ何ヶ月かは会ってないんですけれど…」

「へえ、そうなのか」

「今度紹介しますね」

「ああ。…っと、」

「また…っ」


落ち着いてきたと思ったら、また地震。
今度のは今まであったのより大きく、チルットが驚いて飛び上がっていた。


「ほんと今日はよく揺れるなぁ…」

「も、やです…」

「…………」


時計を見ると、もうすぐ10時。
そろそろ帰らないと色々アレだが、腕の中の☆はうさぎみたいに震えてる。

どうするかな…俺、彼氏と言えども嫁入り前の女の子の家にこんな遅くまでいていいのか…?


「あの…ポッドくん、明日…忙しい、ですよね」

「え?ま、まぁ、そんなでもないぜ?」

「ほんとですか…?」

「ああ」


それきり、☆は黙ってしまった。

どうしよコレ、一緒に、つか、泊まっていいのか?


「でも、今日も途中で呼び出してしまいましたし…」

「今日は俺が好きで来ただけだからさ、ほんと気にしなくていいって!」


…これじゃあ、キリがない気がする
じゃあ俺が今一番やるべきことは何だ?

☆を守ることだよな。恥じらってる場合じゃない。

ここで帰ったら一生後悔するぜ、俺っ!!


「あの、さ…☆さえよければの話だけどさ、」

「はい…」

「今日、一緒にいてもいいか?…やっぱり俺、☆のことほっとけなくてさ、」

「…!!」


うわぁ、言っちゃった俺。言っちゃった。
結構かっこつけたつもりだったんだけど、ちょっとやりすぎたか…?


「うれしいです…!」

「わっ、」


胸に頬を寄せてきた☆をにやける顔を隠しつつ抱きしめ返す。

うれしいです、ってことは、お泊まり確定ってことだよな?

…………

…うわ、どうしよ。
ここで何かやらかしたらとんでもないぞ…

我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢


「………すぅ」

「…え、☆?」


返答はナシ。
まさかと思って☆を少し体から離して覗くと、その目は深く閉じられ、規則正しく寝息が聞こえた。

…寝ちゃったのか。
ちょっと拍子抜けしたけど、ある意味助かったかもしれない。


《チルッチルチルッ》

《ぷぅ》


「お?」


声の方を見ると、チルットがドアの前で飛び、メリープがそのドアを引っかいていた。

寝室、と言うことらしい。


勝手に入ってもいいのか?
でもソファーなんかで寝たら風邪引くしな…。

ここは仕方ない。

意を決して☆を抱き上げて、ドアの方へ向かう。


…柔らかいなぁ…いい匂いする…


ダメだダメだダメだぞ、寝込み襲うなんて男として最低だ!


「ありがとうな」

《チルチルッ》

《ぷぅー》


案内してくれたポケモン達にお礼を言うと、メリープが俺の足に前足をポンッとタッチさせて、自分たちの寝室に入っていった。


☆をとりあえずベッドに寝かせて、俺は側にあったソファーで寝ようと離れようとしたが、ぐっ、と何かに引っ張られる。

振り向くと☆の可愛い手が俺の服の裾を握っていた。


「まいったな…、」


ふりほどくわけにもいかないし…


これはきっと、神様が俺に与えた試練だな、試練。

我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢…

できるだけ☆に触れないようにベッドに入る。

しかし、☆がこっちを向いたかと思ったら、もぞもぞと俺の胸に顔を埋めた。

…………

心臓がうるさいくらいにバクバク言ってる。

どうにかしなきゃいけない、でも、目の前にある☆の幸せそうな顔を見ていると心の中の邪な感情が抜けていってしまった。

宙をさまよわせていた手をしっかりと☆の背中に回して、睡魔の誘いに任せて眠りについた。






「いっちょまえに朝帰り?」
「やりますねぇ」
「うるせぇー」
「うわ、それお弁当!?」
「ちょ、見るなよ!」
「可愛い愛妻弁当ですね、今度僕も頼みましょうかね」
「おいやめろよ!?」
「確かに☆ちゃんなら作ってくれそうだしね」
「ほんっとうるさい!今いい気分なんだからあっち行けよ!」





 
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